迷宮の扉片耳の男動かぬ時計本陣殺人事件車井戸はなぜ軋る黒猫亭事件蝶々殺人事件獄門島悪霊島

横溝正史 作家略歴のページもあります♪。

横溝 正史 作品紹介
迷宮の扉
『中学生の友二年』に連載
33年1月号〜12月号
角川文庫(3作品収録) 初版1979年7月20日
あらすじ 三浦半島巡りを楽しんでいた金田一耕介は突然、嵐に遭い竜神館という屋敷に転がり込む。 だが、その直後一発の銃声と共に誰かが土間に倒れこんできた。うつ伏せになった男は背中から大量の出血を起こし絶命する。 この男は毎年、この家の主 東海林日奈児(ひなこ)少年の誕生日にカードを持ってくる男だった。 犯人を追いかけて出て行った犬は瀕死の状態で館に戻ってきたが、口にはコバルトブルーの人間の毛髪を咥えていた。 莫大な遺産をめぐる人々の葛藤がテーマ。

 
感想 乱歩氏が少年少女向けのジュブナイルを著された事は有名だが、横溝氏がジュブナイルを書かれていた事は 意外に知られていないんじゃないかな。この作品は中学生向けのジュブナイルなのでおどろおどろしい殺人事件は起こらないが 立派な探偵小説だ。事件の謎解きに重点を置いた作品で、子供向けだといって手を抜かない横溝氏に好感を覚える。金田一が嵐に遭いバスに乗り遅れ、たまたま飛び込んだ家で 殺人事件が起こるなどちょっと無理がある設定ではあるがそんな事を気にしてはいけない。しかし、この当時の子供たちは贅沢だよね。 少年雑誌に天下の乱歩や横溝が連載していたというのだから。
この話には双子の兄弟が出てくる。この双子は幼い頃に腰の部分がひっついて育ったシャム双生児で二歳過ぎに分離手術を受けている。 全く同じシャム双生児を材にした江戸川乱歩氏の作品があるのだが、横溝氏と乱歩氏は仲良しだったそうなので 影響を受けられているんじゃないかとニヤニヤしつつ読んだ。ただ一つだけ気になる事は第一の殺人事件の証拠品”コバルトブルーの髪の毛”だ。読んだ方!感想をお聞かせ下さい。
子供向けと馬鹿に出来ない内容なので読んでみて欲しい作品だ。

片耳の男
七人の天女を改題
少女サロンに昭和25年12月掲載
医科学生、宇佐美慎介は夕立に遭い淋しい祠の内側に潜り込んだ。すると怪しいチンドン屋の姿の男が現われる。 この男の片方の耳たぶは噛み千切られたように半分無かった。男は慎介が自分の後ろにいるのも気付かず、通りかかった少女に襲い掛かる。 で、何故少女が襲われたのかを探るというストーリー。短篇なので込み入ったトリックは無いですが謎解きはあります。


動かぬ時計
少女画報に
昭和2年7月掲載
父親と二人暮しをしている少女の元に毎年、誰からかの贈り物がある。ある日、高価な金時計が送られて来るのだが・・・。 母親の事を知らぬまま育った少女と時計の物語です。本格味はありませんが不思議な短篇です。
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本陣殺人事件
昭和21年4〜12月迄
『宝石』連載
角川文庫 初版1973年4月30日
あらすじ 一柳家の当主賢蔵の婚礼を終えた深夜、人々は悲鳴と琴の音を聞いた。新床に血まみれの新郎新婦。枕元には、家宝の名琴「おしどり」、屏風には謎の三本指の男の血に塗れた指紋が・・・。密室トリックに挑み第一回探偵作家クラブ賞受賞作品。
 
感想  この作品が発表された当時、探偵作家の評価は二分したそうです。乱歩氏を頭とする探偵作家クラブの面々は『本陣殺人事件』派で、坂口安吾氏や鮎川哲也氏は『蝶々殺人事件』派だったそうな。私はどちらかと言えば蝶々派でしょうか。(結末の些細な事が気になる為。ネタバレになるので書けませんが)
でもトリックが見事な事、三本指の謎の男を配すなどおどろおどろしい匂いがある事、日本の風土が舞台なのに洋物ミステリっぽい事など 楽しめる要素は多いです。この作品を読むのは○○年ぶりだったのですが、この年になって読んで(?)初めて分かった事がありました。それは本作が読者に対して非常に公正で論理的な事でした。横溝氏は対談集の中で『本格探偵小説=伏線の文学だ』と仰っていましたが、氏の言葉通り張り巡らされた伏線が見事な作品です。和式の住宅で「密室殺人」を完成させるあたりは流石です。
 本作で金田一探偵が世に出たのですが、シリーズ化するつもりでは無かったそうです。この作品に出て来る金田一のパトロン(?)は他作品でもちょこちょこ名前が出てきます。
車井戸はなぜ軋る
昭和24年1月『読売春秋』


あらすじ 本位田大助と秋月伍一は瞳だけが異なり、後は瓜二つの異母兄弟だった。本位田は名家に生まれ、秋月は没落した家に育った。この二人は同じ戦地に赴いたのだが、帰ってきたのは本位田一人だった。本位田は盲目で復員し、目には義眼が・・・。この男は本当に本位田自身なのか?。
 
感想  中短編ですがトリックもしっかりしているし、なかなかの秀作です。この作品は金田一ものですがほんのちょっとしか登場しないのでファンの方には寂しい作品かもしれません。


 
黒猫亭事件
昭和22年12月『小説』書き下ろし


あらすじ 昭和22年、戦後間もない頃・・・G駅付近の飲み屋街に隣接して蓮華院という寺院があった。その寺の若い僧が寺の裏手で女の死体を掘り当てる。その死体は完全に腐乱していて誰のものか分からない。そして傍には黒猫の死体が・・・。
 
感想  この作品に対するコメントを作者ご本人が残されているので引用。
『この小説を書き上げて私が一番嬉しく感じたことは、作中人物であるところの金田一耕助に、作者がようやく親愛の情を持ち始める事が出来たということである。(中略)この第三作にいたって、私ははじめてはっきりと金田一耕助に好意と友情を持つ事が出来るようになった。(中略)出来るだけドス黒い犯罪をドス黒く書いてみようと思ったのである』
本作は顔の無い死体というトリックが使われている。表題の黒猫が殺されているのだが何故猫が殺されたのか?という謎がトリックを効果的にしている作品。 横溝リストに戻るホームに戻る

蝶々殺人事件
昭和21年5月〜翌年4月迄
『ロック』に連載。
月書房・角川書店・春陽文庫 月書房初版 昭和23年
あらすじ その怪事件は昭和十二年の秋に起こった。世界的に蝶々夫人として有名なソプラノ歌手の原さくら女史が何者かに 扼殺され、その死体はコントラバスのケースに花弁とともに詰め込まれていた。原さくらは公演のため一行より一日早く大阪に来ていた。 が、マネージャーの土屋恭三は旧友との再会に、女史の出迎えを忘れてしまっていた。狼狽した土屋がホテルに駆けつけたときには、 すでに原さくらはどかかへ出かけて不在であった。楽譜に似せた暗号の意味するものは。そして、名私立探偵由利麟太郎の推理は……。 名探偵金田一耕助のライバル、巨匠横溝正史が最初に生み出した名探偵由利麟太郎物。
 
感想 あまりにも有名作で感想を書くのが恥ずかしいし、私如きが評するなんて無謀かもしれないが、布教だ(笑)。
  横溝正史氏の作品を読んだ事の無い方にお薦めするとしたら本作『蝶々殺人事件』と『本陣殺人事件』だろう。これほど最適な組み合わせは無いほどだ。 この二作は全く同時期に平行して書かれ、雑誌掲載されたのだが雰囲気が全く違う。 この当時の探偵作家達の評価を 真っ二つに分けた作品でもある。坂口安吾氏や鮎川哲也氏は『蝶々派』だったそうな。余談だが鮎川氏は本作に刺激され『黒いトランク』を著されている。 クロフツに影響されたのではないかと言われていた氏は『蝶々殺人事件を読んで挑戦するようなつもりで書いた』と仰られている。 ちなみに江戸川乱歩氏や周辺の探偵作家クラブの面々は『本陣殺人事件派』だったそうな。
で本作だが、推理小説はパズルを解くゲームで作者と読者の知恵比べだと思っている方に最適の一冊だと思う。 事件は東京と大阪を往復するのだが、その移動中に相次ぐトリックはまさに巧いとしか言いようが無い。 作品に触れると張り巡らされた伏線を教えてしまう事になるので触れられない・・・のでエピソードを一つ。 小栗虫太郎氏が急死した為に彼が書く予定だった雑誌のピンチヒッターとして横溝氏に白羽の矢が当たり作品の構想を練っていた氏は、 自分と同じ疎開先に来ていた音楽学校の生徒さん達から楽器ケースに人間を入れられると聞いてひらめいた。 で、氏はクロフツの『樽』を読み返し本作は出来上がった。クロフツが切っ掛けだが、氏が目指したのは後期のクリスティーのパズルゲームのような作品だったらしい。 この作品の謎解き部分は100Pを軽く超えるのだが、氏は一晩で書き上げた。疎開先にいて雑誌社に原稿を送る為に時間が無く (疎開先の岡山から東京に届くまで20日掛かった)一晩で仕上げたそうなのだが、そのお陰でスピード感のある謎解きに仕上がっている。 パズルのピースがピタッ、ピタッと一個づつハマるかのように謎が明かされる過程で、身悶えしたのを今でも覚えている。

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獄門島
昭和22年1月〜翌年10月迄『宝石』連載
角川文庫 初版1971年10月30日
あらすじ 瀬戸内海に浮ぶ獄門島−南北朝の時代、海賊が基地としていたこの島に、悪夢のような連続殺人事件が起こった。 金田一耕助に託された遺言が及ぼす波紋とは?。

 
感想  金田一は戦地に(ニューギニア)赴いていたが終戦後、日本に復員してくる。 戦地で親友になった男と同じ復員船に乗っていたのだが、親友は日本に帰り着く前に船の中で死んでしまう。彼は死に際に 「俺が死んだら三人の妹たちが殺される。俺の代わりに獄門島に行ってくれ」と謎の言葉を遺す。 で、金田一が彼の故郷である獄門島に上陸して・・・というストーリーです。
 久し振りに読み返したのだけれどやっぱりトリックが明かされる部分が面白い。冒頭で金田一が舟に乗り獄門島に向かう部分が あるのですが、この冒頭で読者に対して全てのヒントが披露されています。金田一が舟の中で耳にした事全てが結末に結び付く のですが、読み終わって振り返り「なるほど、巧いなぁ」と(笑)。登場人物の言葉で「きちがいじゃが仕方ない」 というのが出てくるのですがこれにも騙された。まぁ読んでみてください。
  三人姉妹が次々と不思議な死に方をするのですが、最後の謎解きで明かされるトリックに身悶えする事間違いないでしょう。 冒頭から張り巡らされた伏線は見事です。 ただ、作品の舞台が戦後間もない事や閉鎖的な離島の因習の中で起こっている事を頭に入れておかないと楽しめないと思います。 現代の私達が読めば殺人にいたる動機が薄いと思われるだろうからです。本格推理小説を読みたい方にお薦めしたい作品で 、動機や人物造形に重きを置かれる方には不向きな作品だろうと思います。
余談・・・戦時中、岡山に疎開していた横溝氏は、疎開先で知り合った学校の先生に離島の話を聞いてこの作品を書き上げたそうです。 氏は乗り物恐怖症で離島に渡られた事はなかったそうな。
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悪霊島
「野生時代」1979年新年号〜
1980年5月号へ連載
角川書店 初版昭和55(1980)年7月31日
あらすじ 探偵 金田一耕介はアメリカ帰りの大富豪からある男の消息を追ってくれと依頼を受け、岡山に向かう。 その岡山の知り合いの磯部警部に挨拶に行くと自分が探す男が怪死した事を知る。男は死ぬ間際に不思議な言葉を残していたのだが 偶然にもテープに録音されていた。
「あいつは体のくっ付いた双子なんだ。あいつは腰の所がくっ付いた双子なんだ・・・蟹の様に横に這う・・・あいつは平家蟹だ・・・ 平家蟹の子孫なんだ・・・あの島には悪霊がとり憑いている。鵺の(ぬえ)鳴く夜に気をつけろ」。
このテープを聴いた金田一は真相を究明すべく謎を秘めた刑部島に渡る。だが行く先々で彼を待ち受けていたのは恐るべき 連続殺人事件だった。

 
感想 この作品は”病院坂の首縊りの家”を執筆する前から構想にあったらしい。75歳で筆を起こし、筆をおかれた時は77歳だった。 後書きにこんな言葉を遺されている。「私のこれまでに書いてきた小説群の中でも上位を占めるべき価値があるのではないかという自負を 私は持っている。ある人は言う。これが私の人生最後の作品になるだろうと。私はしかしそうは思いたくない。私は現在78歳であるけれど まだまだ書いていきたいと思っている。いろいろ手の込んだ探偵小説を」。

  私はこの作品を○○年前に読んでいて、久方ぶりに読み返してみた。その当時私は子供でよく理解できたものだと自分で感心するが よくよく考えてみれば横溝氏の筆力があってこそ読めたのだと今になって解った。文章を難解に書くのは簡単だ。誰にでも出来るだろう。 だが、誰にでも解るように、ましてや子供にでも理解させる事の出来る平易な文章を書くのは筆力があってこそだ。 この作品を執筆された時に78歳とは恐るべしだ。まさに昭和の大作家だったのだと再認識した。
内容だが、まず冒頭から変死した男の残したおどろおどろしい言葉が出てくる。ここでもう内容に没頭させられ 読み進むのだが、40P越えたあたりでもう第一の殺人事件が起こる。この被害者は誰かを強請っていた痕跡を残しており、 現場には謎の古銭が残されている。 そして、作品の舞台である岡山県の離島”刑部島”に渡った金田一と警部は、この島に関係のあった男が三人も消息を絶っている事を知る。 そして忽然と消えた男達は第一の殺人事件現場に有った古銭と同じ物を所持していたのだ。で、お決まりの連続殺人事件発生となる。 兎に角スピーディーな展開で、次々に謎とヒントが巧に著わされている。探偵小説は複線の美学だと本自体が語っている気さえもする。 作品で重要な位置を占める磯川警部は他の作品にも登場した人なので、ファンならばより楽しめるし作者のサービス精神を感じる。
この作品は連載されていた為に何時ドコから読み始めた人にも粗方解るように重複した説明が度々出てくるのだが、別段、気にはならなかった。これも巧さだろうね。
余談・・・乱歩の作品にこの作品と同じモチーフが使われたものがある。多少、気に掛けておられたのか後書きでも触れられている。


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