刺青物語わが一高時代の犯罪幻の悪魔

高木 彬光 作家紹介&作品紹介
    
作家名 高木 彬光(たかぎ あきみつ)  
生年月日 大正9年
生誕地  青森市  
処女作  刺青殺人事件
デビュー年 昭和23年
公式サイト


作家紹介

  高木氏は旧制の青森中学、一高、京大工学部治金学科を卒業の後、戦時中は中島飛行機(富士重工業の前身)の技師をつとめたが、終戦直後の軍需産業の解体によって会社が潰れた為に失業した。その頃、宇都宮で占い師に運勢を見て貰った際に「貴方の骨相は中里介山に似ているので、その道で成功します」と言われ彬光という筆名まで付けて貰った。その後『刺青殺人事件』を脱稿し、幾つかの出版社に持ち込むが無名の新人なので相手にされず、以前に占ってもらった占い師に相談。「誰か、大家のもとに原稿を送れば、必ず年内に認められる」と言われ、その当時の探偵小説の大家江戸川乱歩に原稿を送りつけた。

その結果、『刺青殺人事件』は江戸川乱歩の推薦によって刊行されるに至ったのである。
高木氏が占いや易を信じ『易入門』や『方位学入門』などの著作や『大予言者の秘密』などを後年、出版するようになったのは、著者自身の不思議な体験に基づいている。
昭和二十五年『能面殺人事件』により探偵作家クラブ長篇賞を受賞。『人蟻』『白昼の死角』などの経済推理物(社会派小説)、『誘拐』『破壊裁判』などの法廷推理物に加えて『成吉思汗(ジンギスカン)の秘密』等の歴史推理の領域も開拓する。

著作は数多いのだが、角川文庫から刊行されていたものは現在、全て絶版。光文社文庫から最近、復刊されだしたが全作品を網羅しては居ない。他にも多数の版元から出版されていたが、その殆どが入手困難だ。

余談・・・高木氏は作家になりたての頃、お金に困っていた事があったらしい。で、捕物長的な作品を書いたら横溝氏に『これは止しなさい』 と言われ少年向けの探偵小説(ジュブナイル)の執筆を薦められそうだ。ジュブナイルなら乱歩氏も書いているので恥ずかしくないでしょうと 偕成社なる版元まで紹介して貰ったそうだ。(小林信彦著 横溝正史読本より)
注・中里介山について・・・明治18年(1885)生まれ〜昭和19年(1944)没。『大菩薩峠』の著者。




刺青物語(しせい物語) 角川文庫 初版:58年4月10日
あらすじ 白い肌に妖美に舞う刺青(しせい)は様々な”伝説”を今に残している。
  町火消しの「を組」の頭、新門辰五郎の娘およしの場合もそうだ。親から持ち込まれた縁談を断る口実に、およしはその背一面に観音像を彫り上げた。この鉄火気質のおよしが、ある日喧嘩の仲裁をかって出たのだ。そこを一人のお侍に見とめられた。その侍こそ、後の十五代将軍慶喜、この奇妙な縁で、およしは慶喜の側妾(そばめ)となった。そして後日、官軍との戦に負けた幕軍が、最後の大決戦を決意した時、およしは背の観音像のお告げを慶喜に進言した。

・・・目次・・・
観音江戸を救う
毒婦の皮
毒婦の鑑
花男日本を救う
刺青師の性
ぎやまん姫
 
感想 高木氏得意の歴史推理小説だ。
『刺青物語』に収録されている短篇は、いずれも刺青の名人、二代目彫宇之からの聞き書きの形式をとった物語だ。作者の高木氏が二代目彫宇之を知るきっかけとなったのは、宇都宮の書店で見た雑誌「MEN」のグラビアの刺青美人であった。(これを見て『刺青殺人事件』を刊行)この後、彫宇之の家に通いつめ、刺青にまつわる話を聴き出したのが彫宇之との交際を深める結果となった。本作品はその際に彫宇之から聴いた話に作者自身の独自で異色な人物史観を加えて創作した物語だ。


 

わが一高時代の犯罪 角川文庫 初版:昭和51年3月30日
あらすじ 一高60年の歴史の中で、これほど奇妙な人間喪失事件もなかったろう。ある日、本館正面の時計台の中で、一人の学生が忽然と姿を消した。この事件には忌まわしいメフィストフェレスト(悪魔)の暗い影が付きまとっていた(表題作)。

・・・目次・・・
わが一高時代の犯罪(二十六年五月、六月号「宝石」掲載)
幽霊の顔
月世界の女(「新青年」掲載)
性痴
鼠の贄((ねずみのにえ)昭和二十五年発表)
    
感想 高木氏が生み出した、数々の名探偵の中でも最も『マニアック』なファンが多い神津恭介シリーズの短編集だ。最近、光文社が復刊を進めているので現在でも容易に入手可能だ(角川文庫とは収録作品が異なるが)。本書に収録された作品は高木氏がまだ若かりし頃の作品ばかりなのだが、マニアの方の鑑賞にも充分、耐えうるものばかりだ。   この頃の作品は後期の高木作品と比べると、文章の雰囲気が違う気がする。何だか文章が”美しい”のだ。これがこの時代の流行だったのかは分からぬが、読み比べるのも楽しい。勿論、全作にトリックが存在するし、ストーリー・テラーの高木氏らしく張り巡らされた伏線も見事だ。古きよき時代の匂いが残る短編集だ。

 

幻の悪魔 角川文庫 初版:54年2月15日
あらすじ 突然、法律事務所に飛び込んできた見知らぬ男が、弁護士の帰りを待つ間に毒死してしまった。所持品は薬の空き瓶、喫茶店のマッチ、若い女の写真・・・それに真ん中からちぎられたスペードのジャックのトランプが一枚   身元割り出しに動き出した捜査陣は、事件の裏に一兆数千億円にのぼる巨額の詐欺事件が絡んでいるのを知った。しかも、第一の事件が起こった法律事務所に「沈黙せよ」と書かれた脅迫状と、またも半分ちぎられたトランプが送られてきた。トランプは死を暗示する警告なのか?。   検事・霧島三郎が巨額の金と親娘の愛憎をめぐって起きた連続殺人の謎に挑む。

 
感想 この幻の悪魔(原題・まぼろしの悪魔)は、「週刊小説」の昭和四十八年十一月九日号から、九回に亘って連載されたものだ。著者が生み出した名探偵は数多いがその中でも本作の主人公『検事・霧島三郎』は不思議な味を持つ。(他の主要シリーズ:『神津恭介』『弁護士・百谷』『私立探偵・大前田』『検事・近松』『墨野隴人』)   わが国ではひところ社会派が盛況を呈し、探偵小説が敬遠された時代があった。神の如き主人公はリアリティーが無いというのがその理由だったが、本作品はその頃に発表されたものだ。高木氏が本作品に対してコメントを残されている。『この事件は実際に有った事件である。その資料の上に築き上げた、これは一つのロマンである。社会派か本格派かという分類は私にとってどうでもよい。』   まさにこの言葉が全てを表しているかのような作品だ。探偵小説に絶対に必要な謎解きも組み込みながらも、現実的な素材や事件に取り組もうという氏の姿勢が伺える。ちょうど二つのジャンルが融合されているのだ。奇妙な幕開きから、トランプ殺人事件が続発し、二十数年前の殺人事件が浮かび上がり、終わり近くになって第三の事件も起こるというテンコ盛りの内容。勿論、読者に向けての仕掛けも施されている。初期の高木氏と読み比べるのも面白いだろう。

  余談だが神津恭介シリーズに似たような出だしの作品がある。その作品は「悪魔の嘲笑」というのだが読み比べても面白いよ。