推理小説を読むヤツは馬鹿ばかりなのか?


 最近、推理小説を読んでいて読む速度が異常に落ちているのは何でだろうと思っていたのだが、推理小説ではない別ジャンルの本を読んで、謎が解けたような気がする。で、その原因だけど、推理小説から漢字が消えた所為なのじゃなかろうかと思っている。では、検証の為にとあるミステリの作中から一部を抜粋させていただく。

 

だれかが叫び声をあげた。
空気はひんやりしていて、階下のスウィッグのオフィスよりかなり寒かった。ぼくたちは、ベンチにすわっている白髪まじりの男のまえを通りすぎた。かなりの肥満体で、ぶよぶよした腕はぼくのふとももとおなじくらい太い。赤ら顔はゆがんでいて、さながら熟しすぎたメロンだ。彼は立ちあがり、いきなりぼくの眼のまえに顔を近づけてきて、熱くてくさい息を吹きかけた。
 

 上記の短い文章の中で『誰かが、上げた、僕達、座って、混じり、前を、過ぎた、僕の、太腿、同じ位、歪んで、過ぎた、上がり、前に、臭い』これだけの漢字が平仮名で書かれているのだよね。読み難いと思いませんか?。(で、この一人称の語り手(主人公)は精神科医なのだよね。精神科医の語る事葉が平仮名だらけっていうのは・・・)
 本を読みなれてくると漢字を見ると意味が一発で脳に入る。例えば『ひもにひっぱられ』というひらがなだけの文章だと8文字を眼で追って読まなければならないが『紐に引っ張られ』だと実際には二つの単語しか読んでいないのだよね。読むというか絵文字を脳に取り込んでいるといった感じなのだよね。なので平仮名ばかりの文章を脳で漢字に直しながら読み進むと、読了まで二倍の時間が掛かる事になる。これは、私だけじゃ無いと思うのだよね。平仮名ばかりの文章は読み難いという事は誰だって分かっている事だろうに、なぜ、最近の推理小説からは漢字が消えたのか?。出版社は、ミステリや冒険小説を読むのは子供ばかりだと思っているのだろうか?。それとも小学校高学年で出てくる漢字さえも読めぬ馬鹿ばかりだと思っているのだろうか?。
平仮名の多用は、子供達に幼い頃からミステリに親しんで欲しいという版元の親切心(戦略?)かもしれないが、子供に読ませたいのなら漢字にふり仮名を打てば良いだけの話だろうにと思うのは私だけなのでしょうかね。
昔の翻訳本に出てくる単語には注1とか注2とかいう番号が打ってあった記憶がある。出てきた単語の意味が分からなければ、巻末にある訳注の解説を読んで、その言葉を理解していた。これを復活したら良いんじゃないかねぇ。はっきり言って今、ミステリを読んでいる読者の平均年齢は30歳以上だろう(実際はもっと上だろうが)。子供でミステリを読もうなんていうお利巧な子は読めない漢字が出てくれば調べて読むと思うのだよね。家族に聞くという手もある。(私は幼少時代、読めない漢字は一々母親に聞いていた)

ひょっとして、版権料が上がったので本の価格を上げねばならなくなった版元が、本が高いという印象を買い手に与えない為に、ページ数を水増ししようという策略かもしれない。でもね、読み手からすると平仮名ばかりで読み難い上に厚くて重い本と、本の厚みは無いけれど整理された文章で読み易い本が同額だったなら、迷わず薄い本を買うと思うのだがどうなんだろう?。

では、今度は同じ翻訳本でもジャンルの違う作品から抜粋させていただく。本の題名は『昭和天皇』書いたのはアメリカ人で訳された本だ。

満州事変期、昭和天皇の私生活を伝える公刊文献は、河井弥八日記の中のニ頁にわたる記述と、非公式に天皇と会い、宮中の文書を見たと称する小説家小山いと子による秘話以外はほとんどない。

昭和天皇の考えでは、もっとも必要なことは、首相の暗殺、側近の襲撃、クーデター未遂などで震撼した国内の政治情勢を安定させることだった。天皇が優先すべき事は、関東軍司令官との対立の回避であり、それは満州国を守るためにも必要だったのである。
 

 無駄な平仮名が無くなるとなんと読み易いことかと驚くばかりだ。だが本当に驚いたのは本全体から漢字が消えたのではなくて、推理小説からだけ漢字が消えた事だよな。この『昭和天皇』は上下巻合わせて700頁ある本なのだが、文章が読み易いお陰でミステリを読むよりも短時間で読了できた。やっぱり、ミステリを読むヤツはバカばかりだと出版社が思っているのだろうな。それとも作家が読者をバカにしているのだろうか?。

では、今度は古いミステリから抜粋する。昭和34年発行のディクスン・カー著『夜歩く』

いま事務所で青銅の文鎮をふりかざしていた牡虎の勢いは影も形もなく、かすかに頬に赤みが残っているだけだった。故意か偶然か、バンコランは二号室を選んだ。バンコランは慇懃に彼女を長椅子に案内すると、女のほうでも慇懃にバンコランを自分の隣に迎える。 


 同じミステリでも昭和の時代に発行された本には無駄なひらがなが無い・・・。きっと、昔は推理小説や探偵小説というのは大人の娯楽本として認められていたのだろうな。じゃー、今はどうなのだろう?。やっぱ馬鹿が読む読み物なのだろうかね?。新刊書が売れない売れないと出版業界は憂えているが、皆に愛される本を作ろうとするから売れないのじゃなかろうか?。本当に本が好きで、本を読む事を愉しみにしている人向けの本を作らない限り、売れっこないと思うのは私だけなのだろうか?。
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