喪失/裏切り/恥辱/


カーリン アルヴテーゲン(KARIN ALVTEGEN)作家略歴&著作の感想
作家名 カーリン アルヴテーゲン(KARIN ALVTEGEN)
生年月日 1965年
生誕地  スウェーデン
処女作 
デビュー年 1998年
公式サイト

作家略歴

1965年スモーランドのヒュースクヴァーナで生まれる。推理小説のほかにテレビドラマの脚本も手掛ける。現在はストックホルム在住。脚本家を経て作家に。1998年『罪』でデビュー。2作目の『喪失』でグラス・キー賞を受賞。(北欧推理小説賞。1992年に始まった北欧五カ国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、アイスランド)でもっとも権威のある賞らしい。その年のもっとも優れた推理小説に与えられる賞らしい)


喪失
(SAKNAD)
小学館 文庫 初版2005年1月1日
あらすじ  ストックホルムの32歳の女性ホームレスが、ある日突然、連続猟奇殺人犯として警察に追われることになる。食べ物と寝場所を求め格闘しながら、極限状態に身も心もすり減らし、たった一人で真相に迫っていく……。地方都市の富豪の一人娘がなぜホームレスになったのか? 深い心の傷を負い、絶望と背中合わせに生きる主人公が、逃避の人生を清算し新しい生き方を獲得する過程は大きな感動を呼ぶ。2000年北欧犯罪小説大賞受賞作。

 
感想 ストーリーはそう物珍しいモノじゃありませんが、なぜか心に沁みました。不思議な作品です。
ホームレスの女性シビラは32歳。タダでホテルに泊まり、タダでレストランで食事をするのを得意としている。成金親父を騙して奢らせて、ドロンを決め込むのがいつもの手なのですよね。で、ある晩、いつものように成金親父を騙し、ホテルで朝を迎えたシビラは愕然とする。警察がやって来たのですよ。で、慌てて逃げるんだけど、新聞を読んで再度驚く。昨夜騙した親父がホテルで惨殺されていたのですよね。当然、シビラは指名手配されている。そして、この殺人事件は連続殺人事件へと発展。警察に追われるシビラは真相を究明すべく・・・というストーリーです。物語自体はよくある話なのだけれど、このホームレスの女性の人物像が良いのですよね。現在と過去とが交互に著されていて、読み進む毎に、読者は『なぜ、裕福な家庭に生まれ育ったシビラがホームレスになったのか?』という謎を理解していくんだけど、この過去の描写があまりにも悲惨なのですよね。金は腐るほどあるんだけど、ひとかけらの愛情さえ与えられずに育った生い立ちでは、読んでいて息苦しいほどでした。主人公が今まで抱いてきた孤独感、疎外感、絶望感が読み手に迫ってくるといった感じでしょうか。結末に至る過程では(犯人が知れる過程では)もうちょっとページ数を費やして、書き込んで欲しかったなと不満もありますが、謎解きとして読まなければ、充分に楽しめる出来です。 作家名INDEXホームへ戻る




裏切り
(SVEK)
小学館 文庫 初版2006年9月1日
あらすじ  壊れてしまった夫婦関係を修復しようとする妻が、夫の不倫に気づく。許せない。夫も、相手の女も。そして、憎悪に燃える妻に、一方的な愛を傾ける男が現れた。夜のカウンターバーで二人が出会った瞬間、運命の歯車は大きく動いた。ゆがんだ愛情が破局に向かって突き進む……。

 
感想  物語は、妻が「あなた、もしかして私たちの将来に疑問を持っているの?」と夫に尋ねる場面から始まります。で、夫の答えは「知らない」・・・この一言なんですよね。分からないとか、疑問を持っているとか、そんな事無いよとか、応える言葉は幾らでもあるのに、よりによって「しらない」って・・・。言われた奥さんの愕然とする様子が目の前に浮かんでくるような描写で、一気に物語りに入り込めました♥。で、この作家 巧いなぁ〜と思うのは、同じ場面を今度は夫から見た視点で書くんですよね。いつもいつも夫をガキ扱いし、その場を仕切りたがる嫁に長い間嫌悪感を感じ、そして恐れている夫は、他の言葉は頭に思いつけず逃げるように「知らない」「君といても楽しくない」って口にしてしまうのですよね。で、この夫婦は破滅に向かって突き進んでいくのですが、夫の浮気の証拠を掴んだ妻は精神に異常を来たしはじめるんですよ。で、夫への仕返しで一夜限りのアバンチュールをと若いお兄ちゃんを引っ掛けてベッドインしちゃうんだけど、この若いお兄ちゃんも常軌を逸していて・・・これ以上はネタバレになるので書けません(笑)。ただ言えるのは殺人事件が起こらないのに、こんなに怖いサスペンスを読んだのは久々でした。筆力と心理描写だけで読者を引っ張るアルヴテーゲンに脱帽です。
こういう本格派のサイコサスペンスには滅多に出逢えないので、ぜひ読んでとお勧めしまくりたいところだけれど〜パトリシア・ハイスミスやマーガレット・ミラーの描く世界が合わない方にはお勧めできないしなぁ〜。ですが、この作家の作品を一冊手にとって読むならどれが良い?と問われたなら、本作をお勧めします。なんか支離滅裂・・・自分の中にもある汚い部分を、物語の中に見てしまい動揺しているのかも(笑)。 作家名INDEXホームへ戻る



恥辱
(SKAM)
小学館文庫 初版2007年11月11日
あらすじ  二人には、どんな相手にも告白できないほど良心に恥じる過去があった―。 母親の自慢だった、何もかも優秀な兄の死に囚われている完璧主義者の女医、三八歳。 自分でからだを動すことができず、ヘルパーの手を借りずには生きていくことができない異常な肥満で部屋に閉じこもった皮肉屋、五〇代女性。 深刻なトラウマのせいで、他人を信じることができないという孤独を抱えた二人が、人生の歯車を狂わせた先に出会った時…。

 
感想  人も羨むセレブな生活を送っている主人公の女医モニカ38歳は、20年前に死んだ兄のトラウマから脱せずに生きていた。事故の時、モニカが自分だけ逃げなければ兄は死ななくて済んだんじゃない?かと罪悪感に苛まれて生きていた。そしてもう一人の主人公マイブリットは50代半ばの女性。ベッドに横になることもソファーに座ることも出来ないほど肥え太っており、ヘルパーさんの助け無しには生きていけない状態で、部屋から一歩も出ず暮らしている。で〜一見 何の繋がりも無いこの二人が、とある事故をきっかけに出会った時・・・という展開の物語です。
この作家、凄いなぁ〜と感動冷めやらぬミステリ中毒者で御座います(感涙)。この作品、ジャンルは何かと問われたらミステリとはいい難い作品なんですよね。スリラーでもないし・・・どこかの時点で人生の分岐点を曲がりそこなった、二人の女性の人生を描いた普通小説なんですが、普通小説なのにミステリ中毒のワタクシを虜にして離さない何かがあるんです(笑)。なんと言っていいのか分からないけど、作品の根底に流れている思想というか死生観がキリスト教的じゃないので、馴染みやすいというか〜考え方が受け入れ易いので、作中の登場人物たちの苦悩や絶望感を、読みながら同時に体験できる不思議な面白さがあるんです。登場人物のマイブリットの両親は狂信的なキリスト教徒で(例えるならスティーヴン・キング著『キャリー』の母親みたい)、その両親に育てられたがために幼い頃、まともな子供時代を送っていないんですよね。だもんで、キリスト教の教えが作中にふんだんに出てくるんだけど、作中の登場人物たちの考え方や生き方は仏教色が強いというか・・・きっと北欧の方ってペシミストなのでしょううね?。全作品を通していえるのだけれど、アルヴテーゲンの作品を読むと、人生って不公平なんだと、不条理なのが私たちが生きている世界なのだと再認識させられるというか・・・あぁ、感想を書くのが難しい(笑)。兎に角、この作家はミステリを書こうという呪縛から開放されたお陰か、飛躍的な成長を遂げていると思います。
謎解きのあるミステリを期待される方にはお勧めできませんけど、一押し作家です。今年読んだ本のベスト5に本作『恥辱』は間違いなく入りますね。(ちなみに同じ北欧の作家アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレムが書いた『制裁』も今年の一押しなので〜北欧ミステリの時代に突入したと言えるかも?!(笑)) 作家名INDEXホームへ戻る




(Shadow)
小学館文庫 初版2009年11月11日
あらすじ  ノーベル賞作家である父アクセル・ラグナーフェルトは、脳疾患で全身麻痺となり施設に入っている。息子ヤン=エリックはその威光で尊敬を集めて生活しているが、家庭は崩壊し浮気三昧の日々だった。物語は、高齢で死んだ老女の身元確認から始まる。彼女はかつてラグナーフェルト家で家政婦をしていた。葬儀のために探し物をすることになったヤン=エリックは、事故死と聞かされてきた妹の死因に不審を抱く。やがて彼は、高潔なはずの父が何かをひた隠しにしていることを知る…。

 
感想  カーリン・アルヴテーゲンの作品を読む度に思うのですが、人を描くのが巧い作家ですね。人というか、人の持つ欲望とか悪意を書かせたら天下一品なんですよね。欲に目が眩み人生の曲がり道を曲がり損なった人々が行き着く地獄、そんなものを物語りにするのがアルヴテーゲンなのですが、本作も心臓を鷲掴みにされたまま終わりまで一気読みさせられる作品です。で、物語はというと・・・
 ある子供の記憶から物語は始まる。野外博物館の前で一人たたずむ4歳の男の子は、ママが迎えに来てくれるのをずいぶんと長い時間待っていた。彼はおしっこに行きたくなっても外が暗くなってきても動かずに待っていたのだけれど、そこに彼を迎えに来る人はいなかった。彼は、その場に置き去りにされた捨て子だった。そして、それから31年後。ある老女が貧しいアパートの一室で孤独死し、そのアパートに自治体の職員が後片付けにやって来る。自治体の管財人であるマリアンは、死んだ老女イェルダの荷物から、イェルダが長年家政婦として勤めていた家は、ノーベル文学賞作家アクセル・ラグナーフェルト家だったことを知る。マリアンは哀しい死を遂げたイェルダの葬式を、故人に敬意を表したものにする為、ラグナーフェルト家に連絡を取るのだが、アクセル自身は脳の疾患で話す事も動く事も出来ず施設で暮らしており・・・という展開です。管財人のマリアンが老女の過去を探ろうと調査を始めたのと同時に、隠されていた過去が読者の前に姿を現してくるのですが〜怒涛のように破滅へと突き進む登場人物たちが哀れで、読み進むのが苦しい物語でした。登場人物たち全てがそれぞれに苦悩を抱えているんですよね。あまりにも偉大な父を持ったばかりに父の影に苦しめられ、それから脱するために酒に依存しているアクセルの息子のヤン・エリック、そのエリックとの結婚生活に絶望を感じながらも、離婚して一人で暮らすことには踏み切れず、アルコールに逃げる妻ルイース、31年前に親に捨てられたという心の傷を抱え孤独な青年などなど、出てくる登場人物たちはそれぞれに苦しんでいて、それぞれが苦悩から脱しようとしているんだけど・・・物語の行き着く先には破滅しかないんですよね。暗い物語が苦手な方にはお勧めし難い作品ですが、作者の筆力に酔える作品です。


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