非合法員血と夢山猫の夏神話の果て伝説なき地緑の底の底メビウス時の刻炎 流れる彼方砂のクロニクル黄色い蜃気楼蝦夷地別件かくも短き眠り流沙の塔夢は荒れ地を

船戸与一 作家紹介&作品紹介
作家名 船戸与一  
生年月日 1944年
生誕地  山口県 下関市  
処女小説 非合法員
デビュー年 1979年


作家紹介

船戸氏の著作は好き嫌いがはっきり割れるだろう。解説など読む必要は無い。読んでみればハマるか苦手かすぐにハッキリする。
『現代史と同伴随行したい』が口癖の船戸与一氏。彼の描く作品、小説は第三世界や少数民族に対する列強の帝国主義収奪の惨状、 実態を訴えている。小説を書く以前からドキュメンタリー、ルポルタージュの世界で執筆されていた氏らしいダイナミックな作品が多い。
吉川英治文学新人賞・日本推理作家協会賞。
山本周五郎賞・直木三十五賞 受賞。
豊浦志郎名で評論・ルポ有り。
外浦五郎名で劇画(ゴルゴ13)の原作も著す。


 
非合法員 講談社 初版1979年3月
あらすじ 非合法員(イリーガル)とは、情報組織に雇われたプロの暗殺者のことだ。 日本人イリーガル神代恒彦は、メキシコ保安局(MIM)の依頼でユカタン半島に潜む反体制派指導者の抹殺に赴くが、 任務を終えた直後、相棒のベトナム人に報酬を持ち逃げされてしまった。残された謎の言葉をたよりに追跡を始めた神代だが、 背後には正体不明の男の姿が。緊張する東西陣営の片隅で繰り広げられる非合法員のハードな生き様を描く。
 
感想 この作品が荒削りだとか、文章がごにょごにょだとか言う人がいるらしい。むかつくじゃないか。どんなに文章が巧い人が書いてもこの”船戸色”は出せないというのに。 船戸のイデオロギーが満載の本書は是非、船戸を知らない方に読んで欲しい1冊だ。
   舞台は1970年代。金を持ち逃げされた神代はベトナム人を追うのだが、何故か自分自身が狙われ、追われている事に気付く。何故?誰が?というストーリー。 登場するのも日本人、ドイツ人、ベトナム人、中国人、インディオと忙しい。この本を読んで非常に驚いたのは、船戸の潔さだ。 冒頭から出てくるドイツ人の男が非常にお気に入りのキャラクターだったのに、最初であっさりと死んじゃうんだよね。 歴史の表舞台には出てこない、隠れた男たちを描く船戸に感動した記念すべき作品だ。

 
血と夢
(『アフガン血風記』に
200枚弱の加筆修正)
徳間文庫 初版1988年 5月15日
あらすじ 1981年、ドイツの寒村に男の死体が漂着したが、その死体から発見された遺書は西側情報関係者を驚愕させた。 ソ連が薬莢不要の高性能自動小銃の開発に成功し、その威力を実戦で試すべく、アフガニスタンの奥地でイスラム・ゲリラと交戦中 だという。米国防情報局は、発明者ワシリー・ボルコフを銃ごと拉致すべく、非合法工作員として元自衛隊陸幕一尉の壱岐一平を アフガンに送りこんだが…。

 
感想 非常にややこしい物語で身悶え致しました。主人公の壱岐一平は元自衛官です。彼は自衛官時代に無二の親友を 射殺してしまうのですが、死んだ友人には高額な心臓手術を必要とする娘がいた。で、その医療費を工面する為に自衛官を辞し、 非合法工作員の道を歩み始め、アフガニスタンに潜入・・・というストーリーです。CIA(米国)、DIA(ペンタゴンの諜報機関、情報局)、 KGB(ソ連)、中国の諜報部などの諜報機関が入り乱れる上に、アフガニスタンの歴史&アフガンゲリラの描写が絡み、非常に 興味深い内容でした。非合法員の潜入が骨子に見えますが、絶えず外国(イギリス、そしてソ連に)の侵略に晒され、イスラムの 戒律だけに従って生きたいと願い、戦い続けるアフガン人が真の主人公かもしれません。
船戸氏は実際にアフガンゲリラと行動を共にし、取材されたそうで(非合法で)、その成果は読んで頂ければ お分かり頂けるでしょう。病気の娘の為にという動機と、主人公が元自衛官という設定は『黄色い蜃気楼』でも使われていたので ちょっと引っ掛かりましたが、小さい事は気にしない。面白ければ良いのです。それと本作は銃器に関する描写が多いので 個人的に楽しめました。
作中で心に残る言葉がありました。『まったく日本人とは得な人種だ。国家的にはまごうことなく 新たな帝国主義段階に入っているのに、肌が黄色いというだけで第三世界に受け入れられる』。日本の立場を端的に著しているなと 妙に感心しました。あ、それとこの作品は船戸氏の作品にしては非常にページ数が少ないので、「お試し本」にもって来いだと思います。

 
山猫の夏 講談社ソフトカバー 初版:昭和59年8月15日
あらすじ ブラジル東北部の田舎町エルクウは、アンドラーデ家とビーステルフェルト家に支配されている。両家は事毎に対立、反目し、殺し合いが絶えない。
  そんな怨念の町に”山猫”こと弓削一徳が現われる。山猫の動く所、たちまち血しぶきが上がる。   謎の山猫の本当の目的は?恐るべき正体はいつ明かされる?!南米3部作第一弾。
 
感想 構成や文章の事など、ぶっ飛ばしてしまうほど楽しめた作品だ。波乱万丈、奇想天外のストーリーだ。
舞台はブラジル東北部の田舎町。民族の歴史など、私には理解できない。しかし、綿密な取材に基づいたであろう、本作は何の前知識もいらないエンターテインメント小説だ。
このスピード感は、瑕をも隠してしまう。ただただ、ラストまで引っ張られたという感がある。(ただし、文中で”!”を多用するのは、気になった。!無しでも充分伝わりますよ>船戸氏)

船戸与一の作品には、救いの無いものが多い。理不尽はまかり通り、不条理は不条理なまま終わる。
勧善懲悪など有り得ない。弱いものは死んでいくし、強いものはその権力を維持したままだ。登場人物たちも、作品内でもがき苦しんだ後、死んでいく。良いじゃないか。ハッピーエンドが良いのなら、ファンタジーを読めばいい。これも一種の「男のロマン」なのだ。主人公だけが生き残るストーリーには、飽き飽きした・・。
この作品のみ、今まで読んだ船戸作品とちょっと結末が異なる。それに触れることはネタバレの恐れもあるので触れられないが・・・。(読んでみてくれと言いたいのだ。)
一度ハマると抜け出せない、船戸ワールドの真髄を垣間見た気がする。
( 最初から最後まで一体何人の人が死んだのだろう?誰か数えてみませんか?)
追記:本作で、吉川栄治文学新人賞受賞・日本冒険小説協会大賞を受賞している。

 
神話の果て
(2004.11.26読了)
講談社 文庫 初版 昭和1995年11月15日
あらすじ アメリカの巨大鉱業会社から、ペルーの山岳ゲリラの首領抹殺の仕事を依頼された破壊工作員・志度正平は、首都リマに到着、二人のインディオと共にゲリラの進発地チャカラコ渓谷に向かう。四千メートルを超すアンデスの山々を越え、ゲリラの基地に潜入した志度を待つ過酷な運命とは。南米三部作第二弾。
 
感想 がははは。純粋に愉しめました!。ココのところ、立て続けに船戸氏の近作を読んでいて『なんかチト違う』と思っていたモヤモヤが晴れました。この南米三部作は全部が面白いっ。そして船戸氏らしい作品です。
 プロットは目新しいものではありません。単純な山岳冒険小説(?)なのですが三人の異なったタイプの破壊工作員達の人物造詣が良いので一気読み出来ます。物語の骨子は少数民族に対する列強の帝国主義収奪の惨状・・・というか、いつものようにイデオロギーの対立なのですが、その中で翻弄される破壊工作員・志度正平が良いんですよね。主人公が破壊工作員になる前は学者だったとか他の作品でも使われた手ですがそれでも面白い。
 導入部良し、スピードあり、船戸色濃厚の三拍子揃った作品なので、はじめて船戸作品を読んでみようという方にお勧めです。

この本は友人某Pさん宅より我が家にやって来ました。『かくも短き眠り』を読んだショックで船戸から離れていたワタクシを引き戻す作戦だったに違いないっ(笑)。




 
伝説なき地 双葉社 上下巻 初版:2003年 6月20日
あらすじ ベネズエラの名門エリゾンド家が所有する涸れた油田地帯から希土類と呼ばれる超伝導物質が発見された。独占的採掘権を餌に巨億の富を手に入れようと画策する当主ベルトメオロ。欲望に操られて憎しみ合う親兄弟と情婦ベロニカの血で血を洗う闘争が始まる。同じ頃、サンタマルタ刑務所に収監された日本人・丹波春明をめぐり、画策が始まる・・・。南米3部作第三弾。  


感想 この作品の主人公は”涸れた油田地帯”だ。語るべき歴史すらない土地に石油が出た。石油が涸れると今度は希少土が出た。この希少な天然資源をめぐって人々の闘いが始まる。
船戸氏の特徴かもしれないが、人物が主人公だとはどうしても思えない。(サブ主人公が、その民族の歴史)   登場人物に魅力が無いわけではない。シリーズ化しても充分人気が出そうな人物がワラワラと出てくる。なのにアッサリと、物語半ばで主要登場人物が消えていく。救いが無い作品と言えばそれまでだが、この潔さが船戸の真髄かもしれない。読後感は、はっきり言ってよくないが、また他の作品を手に取ってしまう。
感想を語るほど、精通(?)していないので、他の作品が楽しみだ。著作がかなりあるようなので、ゆっくり読破へと進みたいと思う。ラストシーンには、唸った。これが船戸の特徴だと思う。是非ご一読を。
 

 
緑の底の底 中央公論社 初版1989年10月10日
あらすじ 「白いインディオ」の噂に導かれ、獰猛な大山猫が待ちうける南米の密林を、オリノコ河源流域へと遡る 「ぼく」といわくありげな文化人類学者の一行。荒々しい欲望を剥き出しにする彼らの、真の目的とは何か。 鬱蒼たる原生林の底で、聖なる大地を汚された者たちの怒りの矢が放たれる。
 
感想  読んだ事のある方には分かると思うのですが、本文で何度も歌の歌詞が出てきます。ちょっと合わないんだよね・・・。 内容に。だからそれは無視して読みましょう♪。物語自体は面白いです。
 日系二世の俺こと「マサオ」は、叔父の文化人類学者に通訳を頼まれて南米の奥地に入ります。でもね、叔父の行動も、叔父について来ている 記者も三人の助手も怪しいんですよね。で、一体何が目的なのか?・・・というストーリーです。この作品は読む前にいろんな方から 面白いと聞いていたのでワクワクだったのですが、その評価の理由が説けました。その理由とは、本作はいつもの冒険小説じゃないんですよね。 冒険小説とミステリのジャンルミックスって感じです。根底に流れているものはいつもと一緒なのですが、冒険小説の入門者にピッタリかもです。 きっと入りやすい作品でしょう。


 
メビウス時の刻(とき)
(『緑の底の底』に収録)
中央公論社 初版1989年10月10日
あらすじ 粉雪の舞い狂う〈木曜〉の夜、ニューヨークの港湾地区で発生した暴動と非情の殺人。そして同じ〈木曜〉の夜、 三番埠頭では…。登場人物たちのモノローグが壮大な円環を閉じるとき、死と暴力に彩られた世界は、新たに過去と現在を繋ぐ 宿命の物語としての全貌を明かしはじめる―。
 
感想  この作品の感想を書く事は、『極刑』に値するので書けませんっ!。ただ一つ言えるのは「やられた〜〜。 気持ちよく騙されたー」だけです(笑)。まさか船戸氏にこんなジャンルの本があるとは思わなかったので正直言って驚いたし、喜びでした。 そして船戸氏の特徴というか巧い所だけど、題名の付け方が良いよね。最後まで読んでなるほどと感心致しました。 今まで船戸氏の文章はヘタクソだと何度も書いてきましたが、この作品は巧いなと評価を新たにしました。勿論、文章以外の事ですが。 逢坂氏の『水中眼鏡の女』や『クリヴィツキー症候群』系の短編がお好きな方にはもってこいの作品でしょう。 それに冒険小説作家なんてケッと思われている方に是非お勧めしたいです。
 本作品はハードカバーで130P程度です。一気読み出来る厚さなので是非!読んでみて一緒に酔いしれましょう♪。 この作品の感想を書く訳にはいかないのでチャットで座談会を開きたいっ!。参加者求むのだ!。読んだ方!掲示板に現れてくれっ!。

余談・・・この単行本には二作品が収録されていますが、文庫落ちする時は二冊になります。だから単行本(ハードカバー)で 購入された方がお得です。同じ中央公論社からソフトカバーも出ていますがそちらも二作品収録です。 二作品とも船戸らしからぬミステリ色溢れた作品なので希少(?)です。その上・・・ハード&ソフトカバー&文庫共に絶版のようです・・・。 なんで私が好きな本は絶版になるんかなー(怒)。
その後・・・船戸ラーPさんから情報を頂きました。徳間文庫から出ている『緑の底の底』にはメビウスも載っているそうです。 ですが・・・在庫が希少なようなので急がれたしっ。

 
炎 流れる彼方 集英社 ハード初版1990年 7月25日
あらすじ アメリカで運を使い果たしたおれを拾ってくれたのは、シケた中年ボクサー・ムーニー。 37才のムーニーは一年もリングに上がっていない。その彼に突然ラスベガスでの試合の話が持ちこまれる。なぜ?。 相手はキラーと呼ばれる29戦全KO勝ちの若いハード・パンチャー。この「合法的殺人」を企む黒幕は?。 男を賭けたリング。驚くべき真相が…。銃撃と流血。そしてロッキー山中で凄絶な最後の聖戦が操り拡げられる…
 
感想 この本は『ボクサーが出てくる話だよ』とだけ聞いて読んだのですが、冒頭を読んでいる時にいつもの船戸とは 違うので(ミステリ色が濃かった)この先どうなるのだろう?と怯えながら(?)読み進みました。 引退したも同然の中年ムーニーに持ち込まれた試合があまりにもどでかいので、何か裏があると調べ始めた日本人ラッキー。 ラスベガスで知り合った韓国人弁護士サイラス・キムがその謎を追ってくれる事になり、調べが進んでいくかに見えたところで サイラスが死んでしまう。ムーニーの住まいには盗聴器が仕掛けられており、何らかの陰謀が隠されている事は分かるが 敵が見えない・・・というストーリーです。物語り半ばから関係者がどんどん死んでいきます。この辺からミステリというよりは 冒険小説になっていくのですが、あまりにも都合よく関係者同士が知り合いだったりして『そりゃないだろ』と思った箇所も ありましたが、エンタメだと思えば許せます。船戸がよく材にする第三世界が舞台じゃないせいか、ちょっと違和感はありましたが 船戸にしか書けない作品だろうし、まぁ愉しめました。そして、この作品は船戸には珍しく、(脇役を含めた)キャラクターで勝負という感があります。

 
砂のクロニクル 毎日新聞社 ハード初版1991年11月15日
あらすじ 民族の悲願、独立国家の樹立を求めて暗躍する中東の少数民族クルド。 かつて共和国が成立した聖地マハバードに集結して武装蜂起を企む彼らだったが、直面する問題は武器の決定的な欠乏だった。 クルドがその命運を託したのは謎の日本人"ハジ"。武器の密輪を生業とする男だ。 "ハジ"は2万梃のカラシニコフAKMをホメイニ体制下のイランに無事運び込むことができるのか。山本周五郎賞受賞作。
 
感想 とにかく壮大なスケールの作品だ。船戸氏らしいというか、船戸にしか書けない作品だろう。文章におかしな所があるのは相変わらずだが、そんな些細な事が気にならないほど楽しめた。 舞台は湾岸戦争直前のイランだ。武器商人の日本人ともう一人の日本人。ホメイニ政権下の革命防衛隊員と、その姉。そしてイランのクルド人ゲリラ。この五人が主要登場人物だ。この五人とそれぞれのイデオロギーが入り乱れ物語は進んでいく。 ホメイニ政権下の隊員とクルド民族が登場人物なので、ハッピーエンドにはならない事は分かりきっていたが、意外に読後感は良かった。
船戸作品を読む事は第三世界を読む事に繋がる気がする。どんなに最初の志が美しくても権力を握った政権は内側から腐りだしてくる。船戸はその腐敗した権力を描くのが似合う。歴史は勝者が作り上げるが(都合の良いように改ざん、修正され)、船戸作品は少数民族や弱者の見た現実を描いている。 きっと、この世界観が忘れられなくてつい手に取ってしまうんだと思う。この本は重さ700g弱、586p、活字は三段組だ。最初、この厚みに驚いたのだがイラン人&クルド民族以外にもグルジア人、ペルシア人、ゾロアスター教徒等入り乱れるので、その全ての民族の歴史を掻い摘んでいたらこれ位になるのは当然だろう。 長い長い物語だが一気読み出来た。やっぱ良いよね、船戸作品。
  銃の描写が多いので銃マニアの方、そして現在の中東に興味を持つ方に特にお薦めしたい作品だ。

 
黄色い蜃気楼 双葉社 ハードカバー初版 1992年
あらすじ その旅客機が墜落したのは灼熱のカラハリ砂漠だった。辛くも助かったのは鶴見浩二と何人かの女性たちだけ。 鶴見は懐中に命と引換えともいうべき機密書類を抱いている。水、食糧ともに乏しい熱砂の中で懸命のサバイバル行が続く。 が鶴見は知らなかった。その機密書類を狙う敵が凄腕の刺客を放ったことを。かくて更に苛烈な死のゲームが開始された。

 
感想 いやーっ。愉しめましたっ!。船戸と砂漠は良く似合うのだ!。今回は船戸のイデオロギーが少なめ(?)の所為か 他の作品よりもエンタメ度が高いような気がします。
一人娘に腎移植を受けさせる為に、機密情報を盗んだ元自衛官鶴見は飛行機に乗り、機密書類を売ろうとロンドンへ向かうのだが、 その飛行機がカラハリ砂漠に墜落、生き残った数人とカラハリ砂漠で決死の逃亡劇を繰り広げる。 鶴見を追うのは自衛官時代の同期生山沖修介。彼は正義感の強い鶴見の密告により、自衛隊を放逐された男。個人的な恨みと 法外な報酬で執拗に鶴見を追う山沖と、自衛官時代に培われたサヴァイバル能力を発揮し危機を乗り越える鶴見のおっかけっこは まさに『これぞ冒険小説』〜〜〜♪。アパルトヘイトに絡む人種問題なども出てくるのでただの追跡劇&復讐劇じゃありません。 ラストも船戸らしい終わり方だったし、大満足でした。
それと・・・船戸って文章はゴニョゴニョだけれど、最初の一文というか、物語への入り方が巧いと思うんですよね。 必ず、語り手だったり、主人公だったりの目から見た情景描写から入るのですよ。物語に引き込まれます。そして題名の付け方が巧い。 この作品の題名の意味も最後の最後で分るようになっています。

 
蝦夷地別件 新潮社・上下巻 ハード初版1995年5月25日
あらすじ  フランス革命が全欧を揺さぶり、ロシア船が親潮にのって日本近海を脅やかし、田沼意次の失脚で松平定信が政権の座についた十八世紀末。国家が血煙の被方からその巨体を現わした激動の季節に、北のボーダーで自らの存亡をかけて喚きあがったアイヌ民族の雄叫び。
 
感想  版元の宣伝文には「歴史冒険小説」と書いてあるので、歴史物、時代物なのかと思ったけど、読んでみたらいつもの船戸節で安心しました。時代が江戸時代だという事、作品の舞台が蝦夷地(現在の北海道&北方領土)だというだけのいつもの冒険小説です。この本を時代小説だと思って読まれたら激怒される方もいらっしゃるかもしれません。
面白い物語なのですが、この本を読み終わるまでに五日、六日掛かったのには驚きました。(この厚さでも普段なら三日で終わる)文章が非常に読み難いのですよね。アイヌ民族が主要登場人物なので漢字の横にアイヌ語の振り仮名が沢山あって、一行を二回読まなければならない為に倍の時間が掛かるのです。船戸氏が全編に亘ってアイヌ語に固執されたのも「アイヌは日本に無理やり文化も民族性も土地も奪われたけれど、元は日本人とは別の民族だったのだ」と訴えているのだろうとかってに解釈しました。
蝦夷地、ロシア、ポーランド、フランス、松前藩、江戸、宗派の違う僧侶が二名 と描かれている舞台や人物が入り混じるので非常に込み入ったストーリーで、スケールの大きなエンタメ冒険小説です。この作品を読まれる時は体力のある時にどうぞ。(ハードカバーで上下1200Pあります)
余談・・・この作品が描かれる数年前に中曽根元首相が「日本は単一民族国家だ」と公の場で発言し、大問題になった事がありました。この発言を受けて本作を書く気になられたのか船戸氏に聞いてみたい。そして、蝦夷地を奪われたアイヌの人たちがおこした国家賠償請求訴訟は未だ続いています。
そしてもう一つ。アマゾンのサイトの感想文に「アイヌ人が食べる物は鮭と菱の実だけ。他に書くものは無いのか」と書いている方がいらっしゃる。あれだけアイヌ人が和人(日本人)に痛めつけられ質素な暮らしを強いられていると書いてあるのにこの感想はどうだろう?。こういう人に言いたい。「貴方には船戸は合いません」と。


 
かくも短き眠り 毎日新聞社 ハードカバー初版1996年6月10日
あらすじ ベルリンの壁が崩れて五年。仕事でルーマニアに赴いた日本人の「わたし」は、行く先々で血なまぐさい謀略の気配を感じる。「ドラキュラの息子たち」と呼ばれる不気味な殺戮集団の存在。そして、「わたし」の捨て去ったはずの過去を呼び醒ますかつての同志たちの影。彼らの目的は何か。「わたし」に何をさせようというのか。ドラキュラ伝説の地・トランシルバニアの深い霧に誘われるように、「わたし」は恐るべき謀略の核心へと吸い寄せられていく。現代という時代の闇の奥、苦悩と怨念、破壊と反逆への意志が渦巻く、その霧の中へと―。
 
感想 チャウシェスク政権崩壊後のルーマニアが舞台です。ストーリーは、政権は崩壊しベルリンの壁は壊れても生き残る共産主義時代の落とし子達に引き寄せられる主人公「わたし」の冒険物でしょうか。
で、感想なのですが、本作はハッキリ言ってあまり楽しめませんでした。視点は面白いと思うのですが(個人的な希望ですが)チャウシェスク政権崩壊前の世界の方が物語としては楽しめたんじゃないか、そして読みたかったと思います。新聞に連載されていた所為か割かれているページ数が少ないので、いつもの船戸作品のように前後の時代背景や民族の歴史などについての描写が少ない。その為に上っ面だけを舐めたような読後感です。物語の中盤は「猛き箱舟」風で、ラストの主人公が危機一髪のときにホニャララする場面は「黄色い蜃気楼」風・・・・と消化不良気味。まぁこれだけ数多くの著作があるのだから私に合わない作品もあって当然とは思いますが・・・。
 それと私が本作を楽しめなかったのはある事が一因かもしれません。 顛末は日記に記しています。





 
流沙の塔 新潮文庫 上下巻 初版:2002年12月 1日
あらすじ 人骨の柄に狼を刻んだナイフが左胸を貫き、真紅の薔薇がちりばめられた死体・・・。 横浜で起きたロシア女殺しの手口と、広東省、梅県の事件は酷似していた。育ての親・張の命を請けた海津明彦は中国に飛ぶ。 横浜と梅県の殺人事件の裏にある闇を探る。

感想 過去に船戸氏の作品を読んだ時はイマイチだった。それ以来避けていた。なのに、某マニア氏が 「船戸は当たりハズレがある」というので、もう一度トライしてみた。チクショウ・・・。面白いじゃないか!!! こんなに著作がある人が面白かった時は悩む。読破は遠いからだ。悔やまれる・・・。読むんじゃなかった・・・。
冷戦構造がなくなった今、どんな作品を書くのかと思ったら、中国が舞台だった。その手があったか。上手いね・・・船戸氏。 新疆ウイグル自治区、東トルキスタン独立運動などの政治的な描写も多い。中国国内の民族差別の描写もある。 近くて遠い国”中国”。知らない事も多い。興味が湧く。ちくしょう・・・。 冒頭はミステリっぽい匂いがするので犯人探しが骨子かなと思ったら、中国客家に育てられた孤児の日本人、海津明彦が中国に渡った所 からいきなり冒険小説っぽくなる。そして何時もの船戸節が炸裂。
主人公が良い男だったので、ラストには驚いた。船戸らしいんだろうけど。  文章はちょっと”ごにょごにょ”な所もあったが面白いから許す。(上下で1000pを超えます。でも一気読みしました。)

(某Pさん、恨みます。)

夢は荒れ地を 文芸春秋 ハード初版2003年6月15日
あらすじ 自衛官楢本辰次は、ある個人的な事情を解決するために、8年前PKOで派遣され現地除隊した越路修介を 探し求めて、カンボジアにやってきた。そこで見聞きしたのは、セックス奴隷として売られてゆく少女たちの悲惨な現実と、 修介が人身売買をしているといううわさであった。
 
感想 舞台は2001年カンボジア。現役自衛官の楢本辰次は、PKO後に現地除隊して以来、八年間行方不明になっている越路修介を捜しにカンボジアに行く。目的は修介の妻・春美と自分が結婚するつもりであることを伝えるためだった。 修介捜しで飛び回る楢本が見たのは汚職や人身売買が横行するカンボジアの現実。
 いつもの船戸氏とはちょっと雰囲気が違います。どっちかというとハードボイルドでしょうか。カンボジアが舞台ですが主要登場人物は自衛隊除隊後にカンボジアに留まる修介、タイとの国境付近で子供たちの為に学校を作り教育している丹波、そして修介を探しに来た楢本、この日本人三人と元クメール・ルージュのゲリラ・チアと殆どが日本人。  内容は相変わらずの船戸節です。人身売買、闇の世界で権力を握る華僑、腐敗しきった政権&官憲、子供たちの悲惨な状況、クメール・ルージュのその後、日本のODAの実態などテンコ盛りの内容です。 修介が家族を捨ててまでカンボジアに残った理由など、ちょっとしっくり来ない所もありましたが小さい事は気にしないで読みましょう♪。 それと・・・この作品の終り方は船戸には珍しいタイプなのですよね。ひょっとして続編でも書く気なのかと疑わせる終わり方でした。