探偵パトリック&アンジー シリーズスコッチに涙を託して/闇よ、我が手を取りたまえ/穢れしものに祝福を/愛しき者はすべて去りゆく/雨に祈りを/ムーンライト・マイル

シリーズ外 単発作品       ミスティック・リバー/シャッター・アイランド/運命の日




デニス・レヘイン(ルヘイン)作家略歴&著作の感想
作家名 デニス・レヘイン(ルヘイン)Dennis Lehane
生年月日 19??年
生誕地  アメリカ ボストン ドーチェスター
処女作  スコッチに涙を託して(A DRINK BEFORE THE WAR)
デビュー年 1994年
公式サイト http://www.dennislehanebooks.com/

作家略歴


 デニス・レヘインはボストン ドーチェスターに生まれる。奨学金を得てフロリダのエッカード・カレッジに進み創作を学び始める。大学では「暗い難解な短編やシナリオばかりを書いていた」ので遊びのつもりで『スコッチに涙を託して』を書いたのだがその作品が指導教官の目に留まる。教官は推敲を重ねさせたうえで、出版エージェントに草稿を送ってくれ、デビューを果たす。(シェイマス賞の最優秀新人賞を受賞)その後、同作に登場した私立探偵パトリックとアンジーのコンビを主人公にしたシリーズ作品を4作発表、2001年に刊行したノンシリーズの『ミスティック・リバー』はアンソニー賞の最優秀長篇賞を受賞し、クリント・イーストウッド監督で映画化された。
 マイクル・コナリーのファンらしい。(なるほど。分かる気がする)

探偵・パトリック&アンジー シリーズ
スコッチに涙を託して
(A DRINK BEFORE THE WAR)
角川文庫 初版1999年5月25日
あらすじ  古都ボストンに探偵事務所を構えるパトリックとアンジー。彼らのもとに二人の上院議員から依頼が舞い込んだ。「重要書類を盗んで失踪した掃除婦ジェンナを探してほしい」たやすい依頼に法外な報酬。悪い予感は的中した。辿り着いた彼女の家はもぬけの殻、そして何者かに荒らされた形跡。書類を探しているのは議員たちだけではなかった。街に銃声が鳴り響き、屍が積み重なる。戦場と化したボストンのストリートを失踪する二人の前に姿を現した澱んだ真実とは―。「探偵パトリック&アンジー」シリーズ、第一弾。

 
感想  いやー♥。レヘインに1冊でノックアウトされました。実はルヘインの著作を読むのははじめてなのですよね。何故避けていたのかというと、書評本や素人さんによる「探偵パトリック&アンジー」シリーズの感想には必ず『キャラが立っている』とあるワケです。このキャラ立ち小説がどっちかというと苦手で手が伸びなかったのですが読んで正解でした。愉しめました。
 ストーリーはいたって簡単です。主人公の探偵パトリック&アンジーが二人の上院議員から「失踪した黒人の掃除婦を捜し出し、重要書類を取り戻してくれ」と依頼されるんですよね。掃除婦の女性に辿りついた主人公ですが目の前でその女性を射殺されてしまう。やがて、巨大な黒人ギャング集団のボスたちが重要書類を求めてパトリックに接触してくる・・・というストーリーです。ストーリーは陳腐ですが非常に愉しめました。謎解きを楽しんだというよりは人物造詣と登場人物の会話に酔いしれたという感じでしょうか。そしてこの作家が巧いなと思うのは主人公を貧しい街に住ませる事で、違和感無く人種問題や幼児虐待、貧富の差などのアメリカが抱える闇を物語に自然に描いている事。気に入ったのはブッバ・ロゴウスキー(主人公の友人兼用心棒)です。人格破綻者で武器マニアの凶暴な男なのですが物語りにいい味を出しています。ただ気になったのはロバート・B・パーカーのスペンサー シリーズと若干内容がかぶる事。スペンサーの乱暴さと本シリーズの乱暴さは近いものがあります。
本作でPWA(アメリカ私立探偵作家協会)処女長編賞を受賞しています。
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闇よ、我が手を取りたまえ
(DARKNESS,TAKE MY HAND)
角川文庫 初版2000年4月25日
あらすじ このドーチェスターの街で、マフィアに狙われる人間の依頼を受けることは、最大の自殺行為だ。そして探偵パトリックとアンジーのもとを訪れた精神科医ディアンドラも、アイリッシュ・マフィアとのトラブルを抱え、息子の命を脅かされていた。躊躇しかけるパトリック。しかし彼の背中を、永遠に生きつづけるつもりなの、とアンジーが押した。だが二人が飛び込んだのは、この街と住人が二十年にわたって隠蔽してきた、想像を絶する深い闇への入り口だった―。

 
感想  本作も非常に愉しめました。シリーズ1作目では主人公や関係者の説明が多くてちょっともたついた感がありましたが、本作では解消されています。
 マフィアに脅されている精神科医に頼まれ渦中に飛び込んだ探偵パトリック&アンジーはすぐ次の殺人事件に巻き込まれます。その事件は死体をキリストのように磔にするという陰惨なもので調べて行くうちに20年前の連続殺人事件へと結びついていく・・・というストーリーです。ストーリーは大した事が無い(失礼)のに、何故こんなに楽しめるのかというとルヘインの文体&人物造詣なのだと思います。チャンドラーと同じく、洒落た会話や思わず吹き出してしまう比喩。この文章が良いのですよね。内容は決して軽いワケでは無いのですが読後感が良いのはこの文体のお陰なんじゃないかと思います。
 ただ、作風は全く違うのですがマイクル・コナリーの『ハリー・ボッシュ シリーズ』と内容がかぶるような気がします。主人公が子供の頃に受けた心の傷に現在も悩まされているとか、毎度毎度、彼女と巧くいかないとか現在の事件を調査していると過去の事件に結びつくとか・・・似ていません?。元をただせばチャンドラーに行き着くワケですから、似ているのはしようが無いのかもですが(笑)。
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穢れしものに祝福を
(SACRED)
角川書店 文庫 初版2000年12月25日
あらすじ 依頼人のやり方は探偵の気に障った。休業中の探偵を街で無理矢理誘拐し、椅子に括りつけてから話をするような男と友好的な関係など築けるはずがない。だが余命幾ばくもない大富豪トレヴァー・ストーンは、最愛の娘が失踪し、深い悲しみに暮れていた。そして"当座"費用として五万ドル。私立探偵パトリックと相棒アンジーは依頼を引き受けた。だが事件は予想外の展開を始める―謎のカルト集団、変わり果てたかつての師、そして男の運命を狂わせる美しき失踪者…。真実は二人からあまりにも遠く、想像を絶する深淵にあった―。『パトリック&アンジー』シリーズ第三弾。

 
感想  ちょっと乱暴な結末でしたが愉しめました。前二作に比べスピード感があるのは、作者の肩の力が抜けたお陰でしょうか?。書き慣れてきたのでしょうね。
 今回のストーリーも出だしは簡単です。余命幾ばくも無い大富豪に『行方不明の娘を捜してくれ』と依頼され・・・という感じでよくある話ですよね。その後、娘がカルト集団に関係していた事が分かり、そこから二転三転していくワケですが、それでもありきたりというか物珍しいワケじゃない。が、ありきたりなストーリーでも愉しめるのは主人公パトリック&アンジーの会話が楽しいからでしょう。会話というか文体の良さなのかもですが。
このシリーズ全体に言える事ですが推理物として読んだなら楽しめないと思います。それと主人公の生い立ちや今までに解決した事件を知っていないと面白さが半減するでしょう。一話読み切りではあるけれど連作長編とも言える内容なので是非、途中から読まずにシリーズ第一作から読まれる事をお勧めします。それと暗い内容の割りに読後感が良いのも特徴かも。
 ワタクシのお気に入りの脇役・ブッバが懲役に行ってしまい登場がほんのちょっとで、それだけが残念でした(笑)。
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愛しき者はすべて去りゆく
(GONE,BABY,GONE)
角川書店 文庫 初版2001年9月25日
あらすじ  もはやボストンのこの界隈に、幼く無垢で無防備なものたちの居場所は無い。ここは崩壊した家族、悪徳警官、詐欺師、そして夜毎テレビで誘拐された自分の娘について報じるニュースを見るアル中の母親が住む場所だ。少女が消えて80時間が経過し、捜査依頼を拒み続けていた私立探偵パトリック&アンジーは遂に動き出す。しかしこの少女の捜索は二人の愛、精神、そして生命までをも失う危険を孕んでいた。『パトリック&アンジー』シリーズ第四弾。

 
感想  本作がシリーズ4作目にあたるワケですが、今までで一番出来が良い作品だと思います。今までの三冊は第一作目から読まないと十分に楽しめないと、↑の感想に書いていますが、本作は単作でも十分に楽しめるし解りやすいでしょう。もし、シリーズを途中から読んじゃおうと思われる方がいらしたら本作から入る事をお勧めします。
ココから↓はかなり突っ込んで書いていますので未読の方はご注意下さい。
 今度のストーリーは今までに比べ入り組んでいます。ですが、途中で誰が怪しいのかは容易に推察出来てしまう。それでも楽しめましたけどね。シリーズ物って難しいですよね。主人公やその友人達は犯人から除外されるワケだから、新しい登場人物で怪しく無さそうなヤツが真犯人だと分かってしまう。まぁシリーズ物を読む場合はしょうがないんでしょうね。
 この作品が今までの中で一番出来が良いと書いたけれど好きだというよりは心に残ったと言った方が正解かもしれません。読後に考えさせられたのですよね。子供が本当の母親の元で不幸せに暮らす方が良いのか?、それとも里親の下で幸せな人生を歩む方が良いのか?。正義が本当に正解なのか?、物の善悪とはどちら側から見るのか?、法に従う事が本当に善なのか?。答えなんか出る筈が無いのだろうけれど、非常に奥深い内容でした。
前作では懲役に行っていたブッバが復活!。やっぱり彼が出ないと寂しいですね。
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雨に祈りを
(PLAYERS FOR RAIN)
角川書店 文庫 初版2002年9月25日
あらすじ  裕福な家で大事に育てられたピュアな女―それが探偵パトリックの抱いた、カレン・ニコルズの第一印象だった。だが6カ月後、彼女は全裸で投身自殺を図ってしまう。この短期間に、何が彼女をそこまで追いつめたのか。調査すると、カレンは死に至る6カ月の間に、フィアンセが事故死し、失業し、住む場所を失い、最後には精神に変調を来していた。彼女を破滅させようとした明確な意図の存在を確信するパトリック。だが一体誰が、何のために!?

 
感想  シリーズも5作目になると色々、ややこしくなって来ますね。本作は1〜4作目を読んでいない方には充分に楽しめないかもです。せめて1作目の『スコッチに涙を託して』に目を通してから本作をお読み下さい。
 探偵業に、そして人間の暗部を覗き込み過ぎた事に疲れ果てたパトリックのもとにカレン・ニコルズが依頼にやって来る。ストーカーを追っ払うという簡単な依頼で呆気なく解決する・・・が、その六ヵ月後にカレンは投身自殺を図る。自殺なのか?本当はストーカー野郎が殺したんじゃないのか?と動き出すパトリックは、カレンの死の前に起こった不幸な出来事の全てが人為的なものだった事を確信する。だれがカレンを追い詰めたのか?・・・というストーリーです。相変わらず巧いし楽しめましたがシリーズ作品に付き物の”限界”が近い感じを受けました。このシリーズの主人公の二人は毎回大怪我をするし、毎回殺人を犯すしで次回作はどんなストーリーにするんだろうとこっちが心配してしまう(笑)。でも、このシリーズの魅力はプロットよりも人物造詣にある気がするのでマンネリだろうが、ムリクリだろうが次回作が読みたいんですけどね。(マダラはブッバのファンなので他のシリーズ外作品にでも出して欲しいくらいです)あ!それと本作はブッバが大活躍するのでブッバファンにお勧めです。

一言・・・436P&464Pで『あぁ、ここが伏線だ。真犯人は●●●●●だろうな』と気が付いてしまったけど、それでも充分面白かったです。何度も言うけど本格推理を期待される方にこのシリーズはお勧めしません。
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ムーンライト・マイル
(Moonlight Mile)
角川書店文庫 初版2011年4月25日
あらすじ  12年前にアマンダ・マックリーディが失踪したとき、彼女はまだ4歳だった。パトリックとアンジーは数々の困難をくぐり抜けて少女を捜し出した。だがその結果、彼女は大事に扱われていた誘拐先から、自堕落な母親の住む荒んだ家へ帰されることとなり、2人の心に大きなわだかまりを残した。そして今、16歳となったアマンダが、再び姿を消した。捜索を始めたパトリックとアンジーに、ロシア・マフィアの不気味な影が迫る―。シリーズ完結編。

 
感想  この作品は↑の粗筋を読んでいただいたら分かる通り、前々作『愛しきものはすべて去りゆく』の後日譚になっています。前々作の事件から12年後、パトリックとアンジーには娘が一人生まれ、パトリックも血生臭い個人経営の探偵稼業から足を洗い、大手探偵社の正社員に納まろうとしている、という変りようで始まります。なので、ドンパチを期待していたワタクシは、物語はどう進むのかと危ぶんだのですが〜杞憂でした。この作品の感想を詳しく書いちゃうと前々作のネタばれに繋がってしまうので、控えますけども、苦みとかシブミとかが解かる大人の読者向けの作品です。必ず『愛しきものはすべて去りゆく』を読まれた後、本書を手に取られる事をお勧めします。前作を読み終わった時、考えた「正義が本当に正解なのか?、物の善悪とはどちら側から見るのか?、法に従う事が本当に善なのか?」に答えは出なかったけど、パトリックとアンジーが今回も好い味出してます。というか、この作品はシリーズ愛読者へのボーナス的位置付けの作品です。なので〜旧作を読んでみて下さい。読んでからじゃないと、本作の味は分からないかもです。
 シリーズの最終章を書いてくれた事、そしてわだかまっていた(?)前々作に落とし前をつけてくれた事に対し、作者に御礼を言いたい気分です(笑)。
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シリーズ外 単発作品
ミスティック・リバー
(MYSTIC RIVER)
早川書房 文庫 初版2003年12月31日
あらすじ  通りで遊んでいた3人の少年に近づいてきた車から降り立ったのは、警官を思わせる男だった。男は3人を叱りつけ、デイヴを車に乗せると、相棒とともに走り去る。あとに残されたジミーとショーンは、遠ざかる車の中に囚われたデイヴを呆然と見送った。四日後、誰もが内心ではデイヴの帰還を諦めていた時、彼は自力で脱出してくる。だが、囚われの4日間に何があったかは、誰の目にも明らかだった。ジミーもショーンも、それを痛いほどに感じていた。25年後、いったんは犯罪社会に身を落とし、今は更生したジミーを、悲劇が襲った。彼の19歳の娘が、何者かに惨殺されたのだ。事件の捜査を担当するのは、刑事となったショーン。そして捜査線上には、かつての友人デイヴが浮上した。必死の捜査を展開するショーン、犯罪社会のコネを使って復讐をはかるジミー、妻にも告白できない秘密を抱えるデイヴ。そして、彼らの家族もまた苦悩する。親を、夫を、子供を、友人を失う畏れに苛まれながら。新たな悲劇の幕は、すでに上がっていた…。

 
感想  本作は最初の170pくらいまでが退屈で読み進むのが辛かったです。ルヘインの他作品はどれも出だしからスピード感があるので、本作の冒頭部はいったいどうしちゃったんだろか?と驚きつつ読み進んだワケですが200pを越えた辺りからいつものルヘインで大満足で読了いたしました。
 これ、出た当時の書評には『最高のミステリ』とかいう評が多かったのですが、自分が読んだ限りではミステリというよりは普通小説に近い気がします。勿論、殺人事件が起こり犯人は誰かというフーダニットなのですが、ただの犯人捜しだけの内容じゃないんですよね。性的暴行を受けたと思われる少年デイヴが大人になるまで、そして現在も味わっている孤独感、絶望感が読み手に迫ってくる。そして誘拐されなかった二人の少年ジミーとショーンは『何故、あの時デイヴが誘拐されるのを阻止できなかったのか』と今でも悔やんでいるのですよね。被害者と傍観者が25年後に交錯する時、新たな悲劇が起こるのですが・・・これ以上書くとネタバレだな(笑)。兎に角、哀しい物語でした。
 パトリック&アンジー シリーズは盛りを過ぎた感じがしていて、これからどんなモノを書くのだろう?と心配していたのですが心配は無さそうですね。この作家は間口の広い作家らしい(笑)。 作家名INDEXホームへ戻る

シャッター・アイランド
(SHUTTER ISLAND)
早川書房 ハードカバー 初版2003年12月10日
あらすじ ボストン沖のシャッター島に、アッシュクリフ病院という、精神を病んだ犯罪者のための病院があった。1954年、そこで一人の女性患者が行方不明になり、捜査のために連邦保安官のテディ・ダニエルズと、相棒のチャック・オールが派遣された。行方不明になった女性患者は、鍵のかかった病室から抜け出し、誰にも見られずに姿を消したのだという。そして、病室には「4の法則」という謎のメッセージが残されていた。 実はテディには、島へ来る別の重要な目的があった。彼のアパートメントに火をつけて妻のドロレスを殺した男がこの病院に収容されていることを知り、彼を捜し出そうと考えていたのだ。 病院側のよそよそしい態度にあいながらも、嵐が接近する中、テディはチャックとともに捜査を進めるが、謎のメッセージがさらに発見され、次々と不可思議な出来事が起きる。

 
感想  読みながら『まさかルヘインが本格物を書いたのか?!』と非常に驚きました。本の装丁が袋綴じになっているし(結末の謎解き部分を見られないように後ろのページを綴じてある)、物語の舞台は孤島の精神病院。その上、密室から消えた患者がいて、その患者が残した手掛かりは暗号文なのですよ。本格物の常道ですよね?!>密室&孤島&暗号。で、半ばビビリつつ読んだわけですがとても楽しめました。その楽しめた内容は書くとネタバレに繋がるので一切、書きませんが(笑)。
ネタバレに触れない程度で書くなら、結末はそう目新しいものではありません。他の作家もよく使う手だけど、デニス・ルヘインが書くから驚きなのですよね。ルヘイン本人は悪評を期待していたそうなのですが、悪評を書くとするなら版元に対してです。本国での出版でも袋とじを採用したのかは分かりませんが、やり過ぎです。袋綴じにするほど目新しい手では無いのに気を持たせ、その分読後に損した気分になりました。本をお好きな方ならお分かり頂けるでしょうが、本を破くなんて身を切るような苦痛です。姑息な手を使わずともルヘイン作なら売れるのでは?。 作家名INDEXホームへ戻る



運命の日
(THE GIVEN DAY)
早川書房単行本 上下巻 初版2008年8月20日
あらすじ  第一次大戦末期の1918年。 ロシア革命の影響を受けて、アメリカ国内では社会主義者、共産主義者、アナーキストなどがさかんに活動し、組合活動が活発になる一方で、テロも頻発していた。 そんな折り、有能な警部を父に持つボストン市警の巡査ダニー・コグリンは、インフルエンザが猛威をふるう中、特別な任務を受ける。 それは、市警の組合の母体となる組織や急進派グループに潜入して、その動きを探ることだった。 だが彼は、捜査を進めるうちにしだいに、困窮にあえぐ警官たちの待遇を改善しようと考えるようになる。 一方、オクラホマ州タルサでは、ホテルに勤めていた黒人の若者ルーサー・ローレンスがトラブルに巻き込まれてギャングを殺し、追われる身となっていた。 ボストンにたどり着いたルーサーはコグリン家の使用人になり、ダニーと意気投合する。ある日、ダニーは爆弾テロの情報を得て、現地に急行する。その犯人は意外な人物だった…。  

 
感想  非常に感想が書き難い作品です。というのも、本作は今までのルヘイン作とは違って純然たる(?)普通小説なんですよね。普通小説というか歴史小説というか史実に基づいたフィクションでして〜まぁ、面白ければジャンルなんか何だって良いんだけど、謎のあるミステリ好きな方にはお勧めし難い作品です。
1919年に実際にボストンで起きた、警官のストライキとそれに伴う大暴動が物語の骨子となっています。
で、物語はというと・・・第一次大戦終結前後、物価は高騰。ロシア革命を受けて社会主義者・共産主義者などなどの活動も活発で米国内ではテロも頻発。経済も治安も下降気味なところへもってきて、ヨーロッパで猛威を振るっていたインフルエンザ(スペイン風邪)が米国にも上陸。ボストンでも多数の死者が出た。そんな社会不安が高まっている折、ボストン市警の警官たちは、せめて人並みな待遇をと組合を結成し待遇の改善と物価に見合った昇給を市に訴えていた。その警官の組合へ潜入捜査を命じられたのはアイルランド系移民二世で警官二世でもあるダニー・コグリン巡査で、彼は潜入捜査の終了時には昇進という餌をぶら下げられていたのだが、組合に潜入している内に警官の待遇の改善を訴えるのは間違ったことじゃないと思い始め・・・という展開です。アイルランド移民のコグリンと黒人のルーサーが主人公で彼らが交互に描かれているのですが(遠く離れていた二人が引き寄せられるように出会うんだけども)これがまたドラマチックなんですよ。で、物語の転換の繋ぎ役(?)として、大リーガーのベーブ・ルースが登場するんですよね。特筆すべきはプロローグで、ベーブとルーサーが不思議な出会いをする場面が描かれているのですが〜これが短編小説を読んだような気になるほど出来がいいんですよ。最初『史実に基づいたフィクションだなんて、なんでルヘインはパトリック&アンジーっぽいのを書かんのやろうか?』と後ろ向きな気分で読み始めたのですが、この冒頭の数ページで一気に物語りに入り込めました。プロローグの数ページだけで、描かれている時代と時代背景とを読者に分からせる手腕はさすがルヘインです。そして”ルヘインの良さはスピード感と人物造詣”だと信じているワタクシを裏切らない作品に仕上がっています。ルヘインがミステリ作家という枠から飛んで行ってしまったような気がして寂しさはありますが、彼はひょっとすると最初からこういう普通小説を書きたかったのかもしれないと思わせるほど完成度の高い物語でした。
(加賀山卓朗氏の訳が物語にマッチしていたのもプラス要因でした)



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