切り裂き魔の森/秘密の友人/アニマル・アワー/真夜中の死線/アマンダ/妻という名の見知らぬ女




アンドリュー・クラヴァン(ANDREW KLAVAN)作家略歴&著作の感想
作家名&別名義 アンドリュー・クラヴァン(ANDREW KLAVAN)
キース・ピータースン
マーガレット・トレイシー(弟と共作)
生年月日 1954年
生誕地  アメリカ ニューヨーク
処女作  切り裂き魔の森(マーガレット・トレイシー名義・MWAペーパーバック賞受賞)
デビュー年 1983年


作家略歴

 1954年ニューヨーク生まれ。カリフォルニア州立大学を卒業後、ラジオ局のニュース原稿を執筆するかたわら『ヴィレッジ・ヴォイス』等に常連投稿する。弟と共作し、マーガレット・トレイシー名義で発表した『切り裂き魔の森』でMWAペーパーバック賞を受賞。また、キース・ピータースン名義で発表した『夏の稲妻』で再びMWA賞を受賞。現在はロンドン在住。

 デビュー当時は弟と共作していたそうな(名義はマーガレット・トレイシーで)。その後、キース・ピータースン名義でネオ・ハードボイルドを数冊上梓した後、本名のアンドリュー・クラヴァン名義で『秘密の友人』を発表。その後はクラヴァン名義を中心に活躍してあるそうな。(詳しい経歴が分かりません(汗)。なので、後に紹介文を書き直そうと思っています)

マーガレット・トレイシー(Margaret Tracy)名義の感想
切り裂き魔の森
(MRS.WHITE)
角川書店 文庫 初版1986年5月20日
あらすじ  緑の森に囲まれた家、やさしい夫と2人の子供。ホワイト夫人の生活は平穏だった。ある日までは…。町を恐怖に陥れている連続殺人、その発生日に限って夫の帰宅が遅いことに気づくまでは…。被害者はすべて女性、遺体は見るも無惨に切り裂かれているという。彼女が思いだしたのは、高校時代の夫が森の鹿狩りで示した或る異常な行動だった―。MWA賞受賞作。

 
感想  一風変わった作品です。冒頭で、犯人はポール・ホワイト(主人公の旦那さん)だと読者に分かってしまうのですよね(笑)。『ありり、犯人がわかっちゃったよ』と、まごついている間に内容に引きずり込まれ・・・という作品です。
 幸せな生活を送っていると思い込んでいるホワイト夫人は、ある日、夫が嘘を吐いていた事を知る。残業で遅くなったハズの旦那は実際には残業などしていなかったのだ。で、これは浮気に違いないと思い、浮気なら何か痕跡があるはずだと夫の仕事場(納屋)に入り込むホワイト夫人が見つけた真実は・・・というストーリーです。今のアンドリュー・クラヴァン名義の作品の原点がこれなんだなと思わせる出来です。犯人が分かっていて読むからこそ味わえる不思議な恐怖感が、ずっと続くのですよね。サイコパスを扱った作品ではあるけれど、残酷な描写は無い、なのにこの恐怖感は何ぞやって感じです(笑)。この心理描写の巧さは初期作品からだったのですね。 作家名INDEXホームへ戻る


アンドリュー・クラヴァン名義の感想
秘密の友人
(DON'T SAY A WORD)
角川文庫 初版1991年3月25日
あらすじ  精神科医コンラッドは殺人罪で起訴された少女エリザベスを診ることになった。華奢で息をのむほど美しい彼女だが、ひとたび精神のバランスを失うと、信じられない腕力で人を殺してしまうのだという。エリザベスは、殺人を犯したのは自分ではなく、自分にしか姿の見えない架空の人格「秘密の友人」の仕業なのだと訴える。妄想と現実が交錯する彼女の話に次第に引き込まれていくコンラッド。そんなある日、二人に恐ろしい事件がふりかかる。サイコ・サスペンス第一作。

 
感想  何の気なしに手にした本作を、ただのサイコサスペンスと思って読んだので、驚きました。非常に巧い作家です。こんな作家を見逃していたなんて反省っ。確かに、版元のあらすじにあるようにサイコサスペンスなのだけれど、プロットが非常に込んでいて、久しぶりに『やられたっ』っと脱帽致しました。読後にね、小さな事に突っ込もうという気を起こさせないのも作家の手腕なのでしょうね。かなり強引な作家だけれど、お気に入り作家になりそうな予感です。しかし、この作家は全てを計算尽くでやっているって気がします。
 チビで中年で冴えない精神科医コンラッドは、浮世の義理から、殺人罪で起訴された華奢で美しい少女エリザベスが公判に臨めるのかどうか、精神鑑定を引き受けることに。エリザベスは、ある男を滅多切りににしたうえ、目玉をえぐり出しペニスを切断するという惨たらしい殺人を犯した容疑で逮捕されていた。しかし、彼女は『自分がやった事じゃない。秘密の友人がやったこと』だと訴える。彼女が訴える妄想と現実が入り混じる告白に魅了され、足繁くエリザベスのもとに通うコンラッド。だが、そんな時、コンラッド家に恐ろしい出来事が起こる。一人娘のジェシカが何者かに連れ去られ・・・というストーリーです。二つのストーリーが同時進行して行きます。エリザベスのおぞましい過去があらわになると同時に、連れ去られたジェシカを奪い返そうと奮闘する両親が描かれているのですが、物語が進んでいくにつれ、この二つの物語に繋がりがある事が明らかになります。これ以上、感想を書く事はネタバレに繋がるので書けないけれど、冒頭から描かれるエリザベスの過去が全て、現在の事件に結びついていくのですよね。読了後『やられたぁ』と思わせるほど巧い結末です。そして場面の展開が速いし、その描き方が非常に巧いのだよね。お勧めします。 作家名INDEXホームへ戻る



アニマル・アワー
(THE ANIMAL HOUR)
扶桑社 文庫 初版1995年2月28日
あらすじ  ハロウィーンの朝、ナンシー・キンケイドは弁護士事務所に出勤するが、誰も彼女をナンシーとは認めない。バッグには見覚えのない拳銃、そしてしきりに頭に去来する"獣の刻だ。その時彼は死ぬ"という言葉。パニックに襲われ、街を彷徨う彼女は猟奇殺人を報じるテレビを見る。頭を切り落とされた被害者の名はナンシー・キンケイド…私は誰なの、一体私はどうしたの。

 
感想  これで、クラヴァンの作品を読むのは3作目になりますが、気がつくのは導入部が巧いなぁってこと。どの作品も最初の20ページ目くらいで鷲掴みにされるんですよね(笑)。
 朝『具合が悪いなぁ』と思いつつ、職場に出勤するナンシー・キンケイド。で、自分のオフィスに入って仕事をはじめようとすると、事務所の人間がワラワラと集まってくる。『あなたはキンケイドじゃない。別人がここで何をしているのか?!事務所を出て行かないと警察を呼ぶ』と言われるんですよね。逃げるように外に出たキンケイドが自分の持っているバックの中身を漁ると、きちんと自分の身分証明書が入っている。その名前はキンケイドだし写真も自分の顔。ところがそのバックの中には銃が入っている。何故銃がここに?とパニックになるキンケイドは絡まれた浮浪者に発砲してしまう。警察に追われ、逃げまどうキンケイドは、テレビのニュースでナンシー・キンケイドという女性が首を切り落とされ殺されたことを知る・・・というストーリーです。この女性は明らかに精神を病んでいると読者には分かるのですよね。でもね、女性はナンシー・キンケイドだと証明する身分証明書を持っている。何で?何で?っと読み進むと・・・巧いです。この作家はプロットを構成するときに、きちんと逆算して組み立てていますね。ラストの数ページで、読者が抱えてきた『何で?』という謎を全て開示して『どうだっ!』って挑んでいるような感じがします(笑)。多少(かなりか?)、ムリクリな箇所もあるけれど、読者に突っ込ませない勢いというか魅力があります。『秘密の友人』の出来には及ばないけれど平均点は超えています。 作家名INDEXホームへ戻る



真夜中の死線
(TRUE CRIME)
東京創元社 文庫 初版1999年11月26日
あらすじ  ビーチャムは独立記念日の夢を見ていた。最後に見るにはあまりにも辛い夢だった。取り戻せない何もかもを封印したようなあの夏の午後の夢。
 6年前の7月4日、当時二十歳の女子学生が食料品店でアルバイト中に射殺された。目撃証言から逮捕されたビーチャムは極刑の判決を受け、ついに執行当日を迎える。彼は妻子のために平静を心掛けたが、直前のインタヴューに現れた記者が起訴事実に疑念を投げた事から、俄かに希望が萌す。だが、刑の執行は今夜、午前零時一分。今から死刑を止められるのか?。時間制限サスペンス。

 
感想  読みながらね、喜びで手が打ち震えるなんて、J・ディーヴァーの著作をはじめて手にした日以来かも(笑)。まぁ、ちょっと強引だなって箇所もあるけれど(たった一人の人間が一日動き回っただけで死刑判決を覆せるのか?って思ってしまう)、そんな小さな瑕なんて気にならない出来です。今まで、沢山の作家が死刑執行までの数日、数時間を扱ったサスペンスを書いているけれど、その中でも上位に位置するでしょう。手垢にまみれた(?)『タイムリミット物』に挑むなんて、クラヴァンはよほど自信があったのでしょうね。そして、この作家は、間口が広いですね。ハードボイルド、サイコ・サスペンスと来て、時限サスペンスとはね。
 物語の始まりから処刑予定時間まで17時間40分しかありません(笑)。今まで読んだデッド・リミット物の中でも最短の残り時間かも。
物語の語り手であるエヴェレットは、妻と可愛い子供がいるのに、上司の奥さんに手を出して会社をクビになろうとしているダメ男。過去にも女性問題で会社をクビになった過去を持つので、これが妻にばれれば離婚は免れないだろうという悲惨な状況にある。その彼が、とある事情から、あと数時間後に死刑を控えたビーチャムのインタヴューを行うことになる。そして、確信する。こいつは無実だ!と。しかし、残り時間は・・・というストーリーです。まず、驚いたのはその手法ですね。エヴェレットの視点から語られる一人称の部分と、三人称で描かれているエヴェレットがいない場所で進行する死刑執行までの場面が、巧い具合に交錯し、スピード感が増しています。この三人称で著された部分の心理描写が巧みなのですよね。死刑を控えた死刑囚とその妻子の絶望する様子には胸を打たれます。でね、感情移入していくのですよね。どうか、間に合ってくれとハラハラドキドキし通しでした(笑)。書けば書くほどネタバレに繋がりそうなので感想はココまで。お薦めです♪。

 訳者さんについて・・・訳者は芹澤恵さん。この訳者さんは素晴らしいですね。1冊でファンになりました。まず、語彙が豊富だし、文章に揺らぎが無いというか、兎に角、この方以上に日本語が巧い訳者さんは、そうざらにいないでしょう?!って感じです(笑)。最近の小説は平仮名ばかりで非常に読み難い本が多いのだけれど、彼女の文章には無駄な平仮名がありません。訳者さんの意向か版元の意向かは分かりませんが、平仮名が少ないお陰で非常に読み易かったです。そして、振り仮名が多いのですよね。漢字が読めない若年者のために平仮名を多用するのは意味が無い、ルビを振りさえすれば良いのにと思っている私にピッタリの訳者さんです。だってさ、漢字って見ないと覚えないでしょう?。子供も読めるようにルビを振る、これで良いんじゃない?。 作家名INDEXホームへ戻る



アマンダ
(THE HUNTING DOWN AMANDA)
角川書店 文庫 初版2000年9月25日
あらすじ  マサチューセッツ州で起きた飛行機墜落事故。大惨事となった街中、半狂乱で娘アマンダを捜していたキャロルは、口から血を流し、黒こげの男に抱えられた娘を見つけた。その姿を見て、母は娘がしたことをすぐ察した。またやったのだ。逃げなければ。奴等はすぐに追って来る…。四ヶ月後。サックス奏者ルーニーは美しい娼婦を助ける。実は彼女は、娘の誘拐を企む殺し屋に追われるキャロルだった―。この母娘が追われねばならない秘密とは、一体、何なのか?。サスペンスフルな逃亡劇。

 
感想  クラヴァン名義の作品はサスペンスばかりかと思っていたんだけど、本作はちと違います。サスペンスというかスリラーではあるんだけど、内容がパサイコロジカル物、超能力物に近いのですよね。バリ・ウッドの描く世界に近いのでウッド ファンにお薦めです。
 物語は飛行機墜落事故の描写からはじまるんだけど、物凄いのですよね。落ちてくる死体、降り注ぐ機体、町を襲う炎の描写でゾクゾクさせられるんだけど、場面はあっさり一転する。で、次は何者かに追われているキャロルが出てくるのですよね。この女は飛行機墜落事故現場に居合わせたのだけれど、飛行機が落ちた事によって、何故か子供を連れて町を後にしたのですよね。キャロルは誰から逃げているのか?なぜ逃げるのか?という謎を抱えたまま、物語はノンストップで進むのですが・・・本作は好みが真っ二つに割れる作品でしょうね。追われているのはキャロルの子供アマンダで、生まれながらにして不思議な能力があるのですよね。この設定がちょっと無理があるというか、苦しい(笑)。心理描写の巧さや、子供や脇役の描写の巧さ、人物造詣の冴え、そういう良さはふんだんにあるのだけれど、設定自体を受け入れられるか否かで評価が割れそうです。管理人は充分に楽しめました。 作家名INDEXホームへ戻る



妻という名の見知らぬ女
(MAN AND WIFE)
角川書店 文庫 初版2003年8月25日
あらすじ  私はキャル・ブラッドリー、小さな田舎町でクリニックの所長を務める精神科医だ。妻マリーとは結婚して十四年、今なお変わらぬ美しさの妻に、私はぞっこんだった。かわいい三人の子供にも恵まれ、私のような風采の上がらない中年男には、これ以上望むべくもないほど幸せで穏やかな人生を手に入れていたはずだった…あの青年が目の前に現れるまでは。過去、そして現在まで築き上げたものすべてが一瞬にして崩れ落ちてゆく―男と女、夫と妻のあいだに横たわっているものとは!?

 
感想  ミステリやサスペンスというか、限りなく普通小説に近いなという印象です。
 結婚して14年目を迎える精神科医キャル・ブラッドリーは、美しい妻と三人の子に囲まれ幸せな家庭生活を送っていた。妻マリーと知り合ったのは、キャルがレジデントをしていたニューヨーク。その当時、キャルは学歴もあり家柄の良い娘と婚約中だったのだが、彼はしがないウエイトレスだったマリーを選んだのだ。仕事、家庭と全てが巧く行っていたキャルだが、ある青年の治療を受け持ってから陰りが見え始める。森の奥で男と密会している妻を目撃してしまうのだ。結婚前の過去を何一つ明かさない妻には、自分の知らない何があるのか?・・・というストーリーです。一見、幸せそうな家庭でも何が切っ掛けで崩れてしまうか分からない。夫婦といえど所詮赤の他人。理解していると思っていた妻を冷静に見てみたら、結局は何も知らなかった事に気が付き、苦悩する主人公が淡々と描かれています。こういう普通の男を描かせるとクラヴァンは巧いですね。ですが、クラヴァン名義の他の作品に比べるとスピード感が無いので好みは割れると思います。血生臭くない小説、普通小説でも読まれるという方にお薦めです。



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